学者とマスコミが人類を破滅に導く

「ANKがん免疫細胞療法」を進める新日本橋石井クリニックの石井光院長が書いた 「医者の罪と罰」リンクの書評。以下、日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男氏の書評記事より(リンク)

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【書評】「効き過ぎる」から目の敵にされる、がんの治療法とは

医療界の嘘や罪を告発した書籍が話題になっています。無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』の編集長・柴田忠男さんが今回取り上げているのは、「がん治療の現状をこのままにしては、患者は救われず、国が滅びてしまう」という思いが現役の臨床医に筆を執らせた一冊。そこには、「効きすぎるから認められない療法の存在」など、まさに「医者の罪と罰」が圧倒的筆致で描かれています。

『医者の罪と罰』
石井光・著 幻冬舎

石井光『医者の罪と罰』を読んだ。幻冬舎の本にはいつもケチをつけてしまうわたしだが、それには理由がある。今回は新書なら780円の本を全書版にしただけで1,100円とはな。しかも行間スカスカで、白いスペースが多く、ようやく厚みを確保している。情報量が多くないのに高すぎる。

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サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福 ユヴァル・ノア・ハラリ (著),柴田裕之 (翻訳)
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1620年にフランシス・ベーコンは『ノヴム・オルガヌム-新機関』と題する科学の声明書を刊行した。
その中で彼は、「知は力なり」と主張した。「知識」の真価は、それが正しいかどうかではなく、私たちに力を与えてくれるかどうかで決まる。科学者は普通、どんな理論も100パーセント正しいことはないと考えている。したがって、正しいかどうかは知識の真価を問う基準としてははなはだ不適切だ。真の価値は有用性にある。新しいことを可能にしてくれる理論こそが知識なのだ。
何世紀もの聞に、科学は私たちに数多くの新しいツールを提供してきた。死亡率や経済成長を予想するのに使われるもののような、知的作業を助けるツールもある。それ以上に重要なのが、テクノロジーのツールだ。科学とテクノロジーの聞に結ばれた糾は非常に強固なので、今日の人は両者を混同することが多い。私たちは科学研究がなければ新しいテクノロジーを開発するのは不可能で、新しいテクノロジーとして結実しない研究にはほとんど意味がないと思うことが多い。

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『科学者』という国家制度に組み込まれた特権的身分が出来たのは、19世紀半ば以降(4090)。これ以降の科学者は、ひたすら身分を保証してくれる国家に尽くし、事実をねじまげるようになる。その国家は、市場社会においては金貸しに支配されているので、結局は金貸しに都合のよい、理屈のみを発信するようになる。その結果が、患者を死に追いやることしかできない癌治療法や、危険極まりない原発開発だ。

それより科学者とは、どんな職業なのか?それは、自然を対象にしてその原理を追求する仕事だが、生み出すのは観念のみで、彼らは、先の理由により、それを発信して支配者に有利な共認形成を行うことしかできない。しかしながら、自然世界の追求はもっぱら本能⇒共認回路を基盤に行う必要があり、それは、職人=技術者のほうが優れている。よって、現代の科学者には、基本的に、観念的にも物質的にも有用な生産を行う力は無い。

ところで、どこから職人ではなく科学者(中世の宗教家・哲学者などの科学者の源流を含む)が、大きな発言権を有すようになったのか?職人と科学者の関係を考えるとき、錬金術と化学の関係は示唆的である。12世紀頃から隆盛した錬金術は、宗教的な様相も含みながら、物質を対象として分類・操作・再結合を行う職人集団に支えられてきた。
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