学者とマスコミが人類を破滅に導く

●説明(説得)するという、説明(説得)の為の思考に入った途端に、本当の探求の為の思考は消え失せ、代りに辻褄合わせの思弁や詭弁やごまかし⇒説得しようとする欺瞞の自我が、引きずり出されてくる。
●説明思考においては、何よりも答えやまとまりや整合性とその様な意味での分かり易さが強く意識されているが、その元は「答えに成っていなければならない」従って「まとまって(or整合して)いなければならない」し「当然、分かり易くなければならない」という一種の強迫観念と考えられる。
☆しかし、プロはともかく素人までこの種の(分かり易くetcの)強迫観念に囚われているのは奇妙である。何故か?
☆それは、「答えること」従って「分かり易くまとまっていること」が倒錯観念のパラダイムだからである。
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●実現の時代、現実を対象化する為には、現実の真っ只中に居なければならない。現実の真っ只中に居る者、それこそが素人であり、従って、素人こそ真の創造者である。
潜在思念こそ探求(創造)の生命であり、潜在思念(⇒とその行動)の共認こそ共認の生命である。
●従って(直ちに行動できない現在)、素人の探求過程での潜在思念(⇒とその表出)のやりとりこそ、創造の漁場(狩場)であり、その場こそがるいネット(の会議室)である。

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農業をやっていていつも思うのは、「昔の百姓達はすごかった!」という事です。

村のみんなの飢えをしのぎ、冬の間の食料を貯め、来年の春、種を播く分を確保しなければならない。
自然現象や作物の状態をじっくり観察し、失敗と成功を繰り返して、経験を積み、勘を磨く。
当然、リーダーはいたでしょうが、一人で考え、一人でやってみるのではなく、村の皆で考え皆でやってみたのでしょう。
そして、いつしか、作物の栽培方法、加工方法、備蓄のやり方、更には、自然の摂理や、生命の原理、に到るまで、探求し、見つけ出す。
それらが、みんなの共通のものとなり、進化発展して、次の世代に受け継がれていく。

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