学者とマスコミが人類を破滅に導く

●実現の時代、現実を対象化する為には、現実の真っ只中に居なければならない。現実の真っ只中に居る者、それこそが素人であり、従って、素人こそ真の創造者である。
潜在思念こそ探求(創造)の生命であり、潜在思念(⇒とその行動)の共認こそ共認の生命である。
●従って(直ちに行動できない現在)、素人の探求過程での潜在思念(⇒とその表出)のやりとりこそ、創造の漁場(狩場)であり、その場こそがるいネット(の会議室)である。

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農業をやっていていつも思うのは、「昔の百姓達はすごかった!」という事です。

村のみんなの飢えをしのぎ、冬の間の食料を貯め、来年の春、種を播く分を確保しなければならない。
自然現象や作物の状態をじっくり観察し、失敗と成功を繰り返して、経験を積み、勘を磨く。
当然、リーダーはいたでしょうが、一人で考え、一人でやってみるのではなく、村の皆で考え皆でやってみたのでしょう。
そして、いつしか、作物の栽培方法、加工方法、備蓄のやり方、更には、自然の摂理や、生命の原理、に到るまで、探求し、見つけ出す。
それらが、みんなの共通のものとなり、進化発展して、次の世代に受け継がれていく。

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●現実の課題があって、はじめて探求(創造)が始まる。そしてそこに先駆者や先覚者がいたとしても、その探求過程は、一貫して共認過程であり、皆との期待と応望の交信(やりとり)の中から全ては生み出される。
とすれば、
☆古代の哲人(シャカやキリスト)は、なぜ一人で山奥にこもって修行し創出しなければならなかったのか?
●頭の中の本源価値を確立する為には、私権に塗れた現実から身を引き離し、完全に遮断する必要があった。かつ、現実(自我私権)の引力に打ち克てるだけの潜在回路⇒観念回路を構築する為には、長い探求期間が必要だった。
☆では、近代の哲人(カントやマルクス)は、なぜ研究室や図書館にこもって、思索を重ねたのか?
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