学者とマスコミが人類を破滅に導く

●大切なのは探求することであって、説明することではない。
〔表出規範〕探求途上での説明はするな(止めよ)!
●現実対象の探求途上に出てきた言葉は、答えに成っていなくても、まとまっていなくても、(潜在思念で)自ずと共認される。但し、内面を対象化するのは、タブーである。今更、内面を都合良く探求した言葉など時代遅れであり、誰にも共認されない。
●もちろん、探求の果てにある程度の答えに達すれば、改めて説明思考に転じて、その答えを分かり易く説明すれば良い。しかし、素人にとって、答えに達するのは至難の技であり、探求途上の有効性の感じられる一つの切り口でも思い付けば上出来だろう。それをそのまま、探求途上の言葉で表出すれば良い。
●その場合も、『答えに達するまでは、決して説明してはならない』。答えにも成っていないのに説明しようとするから、投稿文がいくらでも長くなってゆくのだが、そんな文には何の価値もない(それどころか、会議室を難しいだけで全く魅力のない物にしている)ことを、深く自覚して欲しい。切り口なら、数行で足りる。

にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ 続きを読む

●説明(説得)するという、説明(説得)の為の思考に入った途端に、本当の探求の為の思考は消え失せ、代りに辻褄合わせの思弁や詭弁やごまかし⇒説得しようとする欺瞞の自我が、引きずり出されてくる。
●説明思考においては、何よりも答えやまとまりや整合性とその様な意味での分かり易さが強く意識されているが、その元は「答えに成っていなければならない」従って「まとまって(or整合して)いなければならない」し「当然、分かり易くなければならない」という一種の強迫観念と考えられる。
☆しかし、プロはともかく素人までこの種の(分かり易くetcの)強迫観念に囚われているのは奇妙である。何故か?
☆それは、「答えること」従って「分かり易くまとまっていること」が倒錯観念のパラダイムだからである。
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ 続きを読む

●実現の時代、現実を対象化する為には、現実の真っ只中に居なければならない。現実の真っ只中に居る者、それこそが素人であり、従って、素人こそ真の創造者である。
潜在思念こそ探求(創造)の生命であり、潜在思念(⇒とその行動)の共認こそ共認の生命である。
●従って(直ちに行動できない現在)、素人の探求過程での潜在思念(⇒とその表出)のやりとりこそ、創造の漁場(狩場)であり、その場こそがるいネット(の会議室)である。

にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ 続きを読む

このページのトップヘ