学者とマスコミはグルで観念支配している

■大学への社会的批判と反発

 大学へのあからさまな社会的批判と反発は、すでに大正から昭和にかけて活発であった。

 若者の多くは過大な期待を抱いて入学したのに、在学中の教育は彼らの期待を大きく裏切るほど低い内容のものが多かった。
 そればかりか、卒業後の就職選択あるいは就職先での処遇にも満足できないとなると、彼らの攻撃の矛先は必然的に大学と大学教授に向けられることになり、昭和初年には同盟休校などの騒動さえ各地に頻発したという。

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>同じであることはいけないこと。と学校では教わり社会で育ってきました。独創性は個性から生まれるような錯覚もしていました。

との一文を読み「ああ、私もそうだった」とわが身を振り返りました。これまで何かの考えを述べたり、書いたりする時には常に人とは違うものを表現しなければという「構え」があったように思います。またそうせるのは紛れもなく「自我」のなせる業だということに気付きました。

>しかし、人の思念は実感レベルではほとんど同じ(共感できること)であって、それは良い事なんだと確信をもって言えます。

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小泉改革が、アメリカ型の市場原理の徹底であることは、明らかになってきました。現在の不況は、その「序章」にすぎません。

■■新保守主義誕生が端緒

1980年代から90年代前半にかけて、新保守主義の大嵐が世界に吹き荒びました。

79年、サッチャーがイギリス首相に、81年、レーガンがアメリカ大統領にそれぞれ就任。そして82年、日本では中曽根康弘氏が首相となり、遅ればせながらの新保守主義政権が誕生したのです。
三人の政治家は、それぞれの国で新保守主義改革(自由化、民営化)を推し進めました。

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