http://homepage3.nifty.com/shin_homepage/Environmental_Study/es_japanese_nature.htmより

■日本人の自然観

今回は少し抽象的で小難しい話です。でも、私がアメリカで環境学を学び、日本に帰国してからずっと、新しく手に入れた視点・価値観で感じ、考え抜いていることもつれづれに書き記していこうと思います。今回は日本人と自然の関わりについてです。

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前略

□自然を畏れる心
太古の昔から、日本は農耕民族です。ちっぽけな島国ですから、資源も限られているし、土地も狭いし、その中で人々が暮らしていくためには狩猟だけではなくて農作物を育てることが必須条件でした。

日本という国は、農業を営むには自然条件が豊かでもあり、厳しくもある場所です。複雑な地形と四季、そして豊富に降る雨は、栽培できる作物の多様性と主食である米の安定した供給を可能にしてくれました。その反面、大雨や台風、地震、大雪など、一歩間違えばあっという間に丹誠込めて育てた作物を全滅させてしまうような自然災害とも常に背中合わせでした。そんな自然との共存を強いられた時、私たちの祖先はその自然を「神さま」として祀り(まつり)、崇め(あがめ)、畏れて(おそれて)きました。小高い山があればそこに神社を建て、海が荒れればそこにも神社を建て、ありとあらゆる自然の中に小さな「神さま」を宿らせて崇拝してきました。つまり、自然は人間よりも偉かったのです。自分たちよりも偉いものに対して頭を下げ、ご機嫌をとりながら農業を営み、たくさんの恵みを与えてくれた年には村を挙げて感謝のためのお祭りをしていたのが日本の原風景なのです。

中国やヨーロッパで古代から巨大な土木工事が施され、そういった自然の脅威をなんとかして力ずくで抑えようという努力が続けられていたこととは対極に位置する価値観なのです。私見ですが、私はこの点において、日本人という民族に心の奥からにじみ出てくるような愛おしさとおかしみを感じます。小高い山のひとつやふたつ、簡単に切り崩して海を埋め立てまくっている現代日本人の祖先が、山にも海にも森にも動物にも神性を見出して自らをその下に置き、敬っていたのです。

そんな、自然の一部として奥ゆかしく暮らしてきた日本人は、明治の開国を境に全くと言っていいほど姿を消してしまいました。このことは、私も様々な歴史書をもとに考察しているところなのですが、未だに自分なりの解釈を加えることが出来ずにいます。ある意味、日本史における最大の謎のひとつと言っても過言ではないかも知れません。この上なく牧歌的で、上品で、そしてうららかな日本の原風景は、ものの半世紀程度の時間で「歴史」の中へと葬り去られてしまいました。

□「人間は自然を制御できる」という思い上がり
2004年7月、新潟県と福井県で相次いで大雨による大洪水が起こり、多くの人が犠牲になりました。平野部の都市を流れる大きな河川が決壊したため、あっという間に住宅地に泥水が流れ込んでしまい、逃げるに逃げられなかったという人も多かったようです。この災害のニュースを見ている時に、どこかの防災課長なる人のインタビューが流れたのですが、その中のひとことがとても印象的でした。決壊した河川に施されていた護岸工事についてのコメントです。

「100年に一度の大雨なら大丈夫なように設計されていた。」

私も一応、技術者のはしくれですから、この言葉のもつ虚しさがよく分かります。1000年に一度の大波でも壊れない防波堤、10000年に一度の地震が来ても壊れない原子力発電所・・・現代人は、このような「詭弁」で、いかにも自然を御しているかのような錯覚に陥っています。しかし、それは間違いなのです。この世の中に、「絶対に壊れないもの」などあるはずがありません。計算通りに持ちこたえ、計算通りに壊れる人工物なんかあるはずがありません。それは決して技術者の怠慢によるものではなく、人間が(あるいは日本人が)自然に対して抱いてしまった「勘違い」のせいなのです。先ほどの例で言えば、大きな川に薄っぺらいコンクリートの護岸工事をしたところで、自然の驚異的な力に逆らい続けることなど不可能なのです。もっと言えば、表面が護岸工事でつるつるになり、流れる水にブレーキがきかなくなってしまった川、あふれた水を吸い取ってくれるはずの土をアスファルトで固めてしまった街、それは全て自然の力を御すどころか逆に歯止めを効かなくさせているに過ぎません。

□「原風景」を持つことの誇り
自然を畏れていた時代と、自然を制御できると思い上がっている現代は、時間にしてたったの150年かそこらしか離れていません。人間の世代で言えばせいぜい3世代かそこらです。私から数えれば曾祖父母の時代まで、日本人は謙虚に自然の一部として生きていたのです。なぜ、こんなにも遠く、昔のことに感じてしまうのでしょう。なぜ、私たちは曾祖父母の世代まで脈々と守り続けてきてもらった崇高な価値観をいともたやすく歴史のスミに追いやってしまったのでしょう。

お恥ずかしながら、私はアメリカの環境スクールで学ぶことによって、自分の体内に流れている日本人の源流としての血に気がつきました。「環境学」という学問としてはアメリカの大学はとても進んでいます。しかし、それだけなのです。アメリカ人は入植以来、自然と戦い続けて来ました。現代において環境の意識が高まっているのは、その戦いの手を少し緩めてはどうかという気分が生まれてきたからです。経済効率と、自然保護とのバランスを取る、という合理的な考え方がその根底にはあります。私は、この考え方のスマートさに感心し、学問としての環境学を教養として身につけつつも、どこか釈然としないものを感じ続けていました。そのモヤモヤはきっと、自然に対する滑稽なまでの畏敬の念を持ち続けてきた、先祖代々の遺伝子が私の心の中で異を唱えていたせいではないかと、今になって思うのです。

アメリカ式の環境学は、合理的ではあっても「懐かしさ」が無いのです。帰国してから、努めて日本の「原風景」に近い場所を求めては足を運ぶようにしています。そこには自然があります。人工物の対極としての形而下的な自然ではなく、私たちの祖先が恭しくも神性を見出した自然が細々と余命をつないでいます。そんな原風景の中に立つと、不思議なことに心のどこかに「懐かしい」気持ちが沸いてきます。そんな風景など見たことも無いのに、何故か「懐かしい風景」と形容してしまうのです。

「環境」などといった人間の手前勝手なテーマなど、その原風景の中では些末なことにすら思えてきます。そして、この原風景に根っこを張っている自分というものが、何だか誇らしいものに思えてきます。こればかりは、日本人である私たちでしか感じることの出来ない気持ちに違いありません。

(引用終わり)

中村英起