学者とマスコミが人類を破滅に導く

2012年08月

私は、実現論において、サル時代に形成された共認機能が本能を超えた機能であるだけではなく、DNA変異に代る画期的な進化機能の実現であった事を明らかにしました。それに対して、ここでは共認機能の弱点or欠陥について触れておかなければなりません。共認機能は決して完璧ではなく、それは必然的に自己の破壊回路を生み出して終うのです。

期待・応合回路は、周りの期待に応えている充足の欠乏or期待され認められることの欠乏を生み出します(これを近代風に表現すれば、存在理由の欠乏とも云えますが、本質的には役割や評価の欠乏です)。とりわけ評価共認は、期待・応合回路上の各所に「与えられない期待や評価」に対する欠乏の塊を生み出し、その不全感を捨象すべく(実現論で述べた-捨象+収束のドーパミン快感回路を使って)他者否定と自己陶酔を目的とする自我回路を形成して終います。この自我回路が生み出すのは、全て「現実には与えられない期待や評価」の代替充足物であり、従って全てが実在しない幻想です。また「与えてくれない」相手や集団に対する他者否定と自己正当化の塊なので、共認の敵対者とも破壊者ともなる危険性を秘めており、言わば共認機能が生み出した鬼っ子です。

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>適応度にしても、進化速度にしても、分子時計にしても、全て便利で使いやすいように、現状をざっくりと把握しやすいように仮定を立てて数値化した、と考えられます。もともと、ざっくり把握するために「仮定」を置いているということを忘れて、公式のごとく使用するのは本末転倒だと思います。(1988 蘆原さん)

 「そのように定義して計算すればそうなる」というだけだったり、「ある前提条件の範囲内で実証されたこと」を拡大適用するのは禁物でしょう。

林 茂生(国立遺伝学研究所系統生物研究センター)「進化発生学の光と闇」に以下のような一説がある。

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学生時代、研究室で実験系を組むときに、いかにすれば望み通り(仮説通り)の実験結果が得られるかに研究室のメンバー全員が(教授の指導を受けながら)知恵を絞って実験を繰り返している姿を見てきました。恣意的にほとんどのパラメーターを固定し、あるパラメーターのみを変動させる。極端に言うと、「自然」をたたいたりひっぱったりつねったりして望み通りの結果を吐き出させる、といった感じです。

プロの研究者もどうやら似たようなことをしているらしいことを知り、一学者が勝手に「定義」したものを信じるという事にすっかり逡巡するようになってしまいました。

また、現在「定説」といわれている説が、もしかして恣意的な大きな前提の上に成り立っているのではないかと、研究室を離れて外から見ると、あらためて思います。

だからと言って、認識を何も固定せずに議論は進められないのですが…

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ボードリヤールは『消費社会の神話と構造』の中で、GNPという数字で現すような国民経済の幻想性を指摘している。

 GNPは、財・サービスの生産の合計であるが、公害を生み出したり、人間に危険を及ぼしたりするような物の生産も全て含まれている。

 よく考えれば、現代の工業生産では、有用なものの生産の裏側には、有害なものの廃棄が必ず発生している。GNPはその有害なものの発生を隠蔽しながら、有用な生産のみを統計化し、生産活動の目標とする。

 この経済成長は、政治的テーマとなり、多くの権力の発生の基盤となる。この成長に対して、異議を唱える言説は隠蔽され、国民全体が、この成長によって幸福を得るような政治的幻想のストーリーに巻き込まれていく。

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近代社会は、自由・個人・権利etcの観念を中核とする近代思想に導かれて発展してきました。しかしその結果が財政破綻・環境破壊・精神破壊であるとすれば、その責任は極めて重大です。ところが、個人主義は、これらの結果に対して、全く何の責任も取っていません。それどころか、「それは個人主義のせいではない」とか、「本来の個人主義は違う」とか、厚顔無恥な言い逃れに終始しています。

もしそれが個人主義のせいではないというのなら、いったい個人主義(を中心とする近代思想)以外のどんな思想が、近代社会を導いてきたと云うのでしょうか?それとも、社会を導いてきた思想などなかったと、主張するのでしょうか?だとすれば、個人主義も社会を導くことのできなかった、現実とは無縁な空理空論に過ぎないという事を、認めたことに成ります。

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