学者とマスコミが人類を破滅に導く

2012年09月

●まず、対象化すべき=追求すべき現実世界は、私権(闘争と身分)社会であり、私権の追求が現実の唯一の追求課題となる。

●他方で、失われた本源充足を頭の中だけで取り戻し代償充足を得る為に、頭の中の本源価値を対象化した倒錯観念が作られ、人々は倒錯観念に強く収束すると共に、その倒錯観念がどんどん精練され、観念回路を覆い尽くしてゆく。
私権追求に収束した現実の存在と、頭の中の倒錯観念に収束した非現実の意識とは、完全に分裂し断絶している。にも拘らず、倒錯観念で覆い尽くされた意識は、自分は(観念信仰の下に)統合されていると言い張る。しかし、しょせん倒錯観念は、失われた本源価値の代償充足でしかなく、その虚しさは消し様もないし、その現実との断絶は隠し様もない。

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私は、職業として学者を名乗っている者には、二つの社会的責任があると思います。
1つは、権威者として、世論を誘導できる立場にあることに由来する責任です。
 例えば、バブル経済の頃、日本は世界一の経済大国になり、21世紀は大繁栄の時代を迎えるなどという無責任な論調が、経済界に流されました。
 このとき、イデオローグとなったのは、学者達です。
 本当なら、バブル経済を擁護、黙認した学者達は、現在の不況の責任をとって、彼らは総辞職すべきでしょう。

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(以下は森岡正博「現代日本の哲学をつまらなくしている三つの症候群について」からの引用によっています。)

■■書店で出会う「哲学」のつまらなさ
 現代この場所で私たちが直面している問題を、根本にかえって、深く考えるのが、哲学である。ところが、大学や書店で出会う「哲学」は、決してそのようなものではない。現代日本では、哲学は、非常につまらないものへと縮減しているのである。
 哲学者に向かって、あなたの哲学は何ですかと決して質問してはならない、というジョークがあるが、この話が意味するものをここでもう一度考え直してみよう。

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本当の創造は、素人が担ってきた(言葉を作ったのも、火を使ったのも、弓矢や舟を作ったのも、栽培や飼育を始めたのも、銅や鉄を精錬したのも、また壁画を描いたり、工芸品を作ってきたのも素人である)。真に偉大な思想(統合観念)を創ったのも素人であって、専門の神官や学者が、真に新しい価値を作り出した例は極めて少ない。実現論も又、素人が創ったものである。
※確かに、全くの新しい思念を明確な言葉として創出できた素人は、ごくごく稀にしかいない。しかし、彼は一貫して素人の立場に立っている(からこそ、創出できたのであり、決して自分を天才などとは思っていない。注:偉い身分である学者に成った時点で、彼は素人ではなくなり、真の創造者の資格を失って終う)。

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私が問題にしているのは、社会を統合する上で決定的に重要な共認形成の場を占拠して、一方的に支配共認を撒き散らし、人々を染脳教育している学者や文化人やマスコミetc社会統合階級の存在です。

大衆によって構成される社会は、当然、大衆(=素人)によって担われるべきであり、中でも決定的に重要な統合(とりわけ共認形成)の仕事を、「社会統合のプロ」が担っているのは根本的におかしいのではないか、その社会統合という仕事を大衆=素人の手に取り戻そうというのが、私の主張です。

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