学者とマスコミが人類を破滅に導く

2013年05月

>現在は、充足基調を維持すべく、潜在思念に増大してゆく社会不全を、「等身大の幸せ」「分り易い言葉」「身近な運動」etcの誤魔化しの言葉に縋ることよって、頭で必死に課題捨象している段階だとも云える。(24981

観念捨象を観念で正当化している状態には、若者自身、気持ち悪さを感じていると思います。

>社会不全は答え(=新しい認識)によってしか解消されない。つまり、社会不全を従来の解脱様式で捨象することは出来ない。(例えばテレビは私権不全から社会不全への大転換によって、完全にズレた物となり果てた。)また、「等身大の幸せ」etcの言葉=頭でいくら捨象しても、解脱充足先がない以上、不全は解消しない。その上、不全の増大につれて充足基調の充足度も、どんどん低下してゆく。従って、社会不全→外向欠乏の上昇によって、答え欠乏=認識欠乏が顕在化してくるのは時間の問題である。しかし、間違ってはならない。人々は潜在思念の源に強い社会不全を孕んでいるからこそ、充足を(つまりは、答えを)求める。実際、人々は愚痴や批判ではなく(そんな言葉は聞きたくもない)、何か答えになりそうな可能性の感じられる新しい認識を求めているのである。(24982
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>今の若い世代の人たちは、私権社会のしがらみが消滅していく中で成長してきているから、そんなしがらみに絡めとられていない人が多いのも当然だと思います。 
彼らは年齢にこだわらず誰とでも会話したいと素直に思い、機会さえあれば実践していくと思います。(44876

同じ世代の子達と話してて思うのは、人収束・外向収束はもう自覚してるってこと。卒論のテーマやバイト先を選ぶ際も「より多くの見知らぬ人と話す」機会が多いものを探している子が多い。また、それを楽しんでいる感じ。

また、社会不全(企業不満・政治不信・環境不安など)も、すぐに共有できる。もちろん「答え」を求めてもいる。ただ、その元凶・突破口が「観念(認識)そのものにある」というのが、なかなか実感できないのが現状。(観念捨象世代?)
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これまでの集団や社会は、誰もが私権(地位やお金)の獲得に収束することによって統合されてきた。逆に言えば、人々は私権を確保する為に、会社や学校や家庭という私権(によって統合された)集団に収束し、それらの集団の中に閉じ込められてきたとも言える。
しかし、'70年、貧困が消滅して以降、私権への収束力は衰弱し続け、至る所で活力の衰弱が進行して、社会は全面閉塞状態に陥ってしまった。今や、国家も企業も家庭も、全てが迷走状態にある。

これは、おそらく人類の適応不全、つまり、個人や集団や国家という枠を遥かに超えた、種としての『みんな』不全である。そうである以上、人々の意識が、個人や集団を超えた『みんなの期待』に収束してゆくのは必然である。実際、若者のマスコミ志向や芸能人志向、あるいはメル友300人等の現象が象徴しているように、人々の意識は集団を超えた人(誰でも)収束や、『みんな期待』に応えるやりがい志向に向かっている。
もはや私権集団は活力を失って閉塞を深めてゆくばかりであり、人々はそんな集団の中では満たされず、新たな可能性を求めて集団の外へ向かい始めた。例えば、離婚や未婚の増大も、フリーターや引き篭もりの増大も、不正に対する内部告発の急増も、全ては私権集団からの離脱現象である。続きを読む

>「何故勉強したほうが良いのか?」「何故参加したほうが良いのか?」といった素朴な疑問を、再度構造的に整理しておく必要を感じました。

旧観念否定の共認が絶対に不可欠になると思います。
でないと、「新しい認識を一から勉強する必要」も、「るいネットである必然性」も、全く伝わらないし、ここから逃げていくら“認識らしき話”をしてても、協働仲間になれない壁を感じます。(43664>スタート地点である認識が、曖昧になってしまっては全く意味をなさない。「認識に近い話し」ではなく「認識」を語らねば(どれだけ充足した感想をもらっても)先は無いのだ。)続きを読む

>本源収束・社会収束の可能性の実現態たる新しい認識によって、本来の同類圧力(=課題圧力)が初めて生み出される。そこでは、答え=新しい認識が豊かなほど同類圧力は上昇し、より充足度の高いまつりとなる。(26868新しい潮流7 同類圧力は、新しい認識によって生み出される)

新しい認識を語ることで、周りが反応するのが分かる。と同時に、「もっと面白い話はないのか」「次はどう展開されるんだ」「結論は何なんだ」という一種の評価圧力=同類圧力も感じる。
そして、(実際に言葉になろうがなるまいが)「そうそう」「なるほど」という相槌が多いほど、つまり、答え=新しい認識が豊かなほど、より充足度の高いまつりになる。続きを読む

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