学者とマスコミが人類を破滅に導く

2013年05月

>認識の高さは、学力の高さとは違い、既に決まっている答えを覚えているかどうかではありません。どのような壁にぶつかっても、壁の実体を認識し、未明の課題を認識仲間で考えていくこと。そのための認識の装置といつでも話し合える人間関係のネットワークを持っているかどうかなんです。(43143佐藤さん)

この佐藤さんの言葉は認識について、認識の必要性について端的に表している言葉であると思います。子供の時から既に決まっている答えを覚え、いい点を取る訓練をしてきて大人になってきた人々は「考える」ということが出来なくなっていると思います。しかも、その覚えてきた様々な事柄の基となる観念や常識というものの実態は

旧観念の深層には、実は現実からの逃避ベクトルが刻印されている。だから知識人たちは、現実(の自分や人々)を非充足のまま放置して頭の中で代償充足を与えるだけの観念=神・愛・自由などの代償観念しか生み出してこなかった。しかも、現実に背を向けたその狂った観念が、人々の頭の中を支配してしまっている。
その結果、人々が何か物を考えようとしても、その観念を足がかりにするしかないので、考えれば考えるほど狂った観念世界に嵌り込んでゆき、まともに物を考えることが出来なくなる。
だから、まともな人々は、むしろそんな観念など見向きもしなくなり、物を考えることまで止めて終った。全般的な思考停止である。(るいネットトップページ)続きを読む

きまぐれな「市場の声」に国家が振り回され、国家が市場に従属せざるを得ないというのは全く狂った構造であり、そのような社会構造の倒錯性が滅亡の危機を招いている構造的欠陥であると思います。市場はそれ自体では統合機能を持たず、社会の統合は国家に委ねるしかないにも拘わらず、「市場の声」なるものがあたかも社会全体の共認であるかのように吹聴し、共認を支配してゆけば、社会が統合できなくなります。そして、そのようにして共認が私権に従属し、国家が市場に従属してゆけば、国が滅びるのは必然です。

「市場の声」なるものは、直接的にはマスコミや学者及び為替や株や債権などの取引に従事する市場関係者の声ということになりますが、その「声」の実体は、指摘されている通り、「自分がそのように判断するのは、他の人もそのように判断するはずだからである。」という根拠のない思い込みであり、一部の関係者の勝手な願望(予想)でしかありません。そして、そのように思い込ませてしまい、他人や集団を捨象させてしまう暗黙の前提が、個人主義や私権第一(金の亡者)といった支配観念です。その意味では、「市場の声」の正体は、根本的には旧支配観念です。続きを読む

>この間注意深く見て、やはり大企業のサラリーマンは役員も含めて、悉く駄目なように思う(義理会員なら幾らでも獲得できるが)。(42475)

営業活動してみて、役所や学校などの役職についている人も(上に行けばいくほど)営業対象としては難しい、堅過ぎる、と感じた。結局、最後の一言は皆共通で、“話は、個人的には理解できるが、公的な立場にあるので、そういう活動に参加するのは遠慮させてもらいます”となる。

で、“公的な立場”って何なんでしょうか、大いに疑問が湧く。

この行き詰まった社会を何とかしようと、市民が個人的な位置を越えて、また集団としての位置を越えて考えているのに、公的な立場にある者が何が障害になって参加できないのだろうか。
本来、この活動そのものが公的な仕事ではないのか。

私は、“公的な立場”という言葉はその位置にある者の保身の為の口上にしか過ぎないと思う。その身を頑なにしているのは、実態社会と乖離した法や指導、あるいはそれに基づいた上からの評価圧力に反応していることが原因である、と考えている。この評価圧力から抜き出て、真に公的な立場の者として志向する為にも、あなたにこそ構造認識が必要なのだと思う。続きを読む

41675「認識営業の『まつり場』こそ、『原初の社会』である」
>認識営業が全ての突破口となるのは、その面白さ=引力にある。

 認識営業というものを知る前は、別の集団に属しているひとと話すことが、辛かった。なぜなら、共通の話題を探した挙句、マスコミ情報を重宝し、いわば『二乗の傍観者』(msg34549)となる道しかなかったからだ。もちろん、そんな傍観者の繰り出す代償充足(場つなぎ)に引力は無く、新たな人間関係は、流産し続けるばかりだったのだ。

 しかし、社会認識の普遍性に気づき、自らの当事者意識を知ったとき、新たな人間関係=「認識×人」つながりに惹かれはじめた。これまでの関係に比べ、あらゆる点で長けている可能性を感じればなおさらだ。(下記に、そんな魅力を感じさせる投稿を少し挙げてみる)

38774「まずは妻への営業から」
>普段の生活に比べたら充足度が格段に違う事を実感しました
41736「反応充足による手応え」
>少しづつ認識営業を進めていくにつれて、どんどん語りかけていきたい!という思いが強くなってきた
41264「人と人を引き合わせる楽しみ」
>そう考えると人と人を引き合わせるのがとても楽しみになってきた
続きを読む

>その認識営業の引力の秘密は、誰もが社会に出よう(当事者に成ろう)としている、そして誰もが認識を求めているという状況認識に基づいて、集団外に発信(応望)し、その反応(充足)を得ることへの期待にある。41675

「集団外に応望する」とは考えてみたこともなかった。自分が誰かの期待に応えることができるとすれば、直接期待を感取できる集団内だけだと思い込んでいた。そして身近な期待だけに向かっていたように思う。

一方自分は集団内だけでなく、集団外にも期待している。社会のこととなればそうならざるを得ない。しかし政治家や学者に期待を向けても報われないことも承知している。続きを読む

このページのトップヘ