学者とマスコミが人類を破滅に導く

2013年09月

国家や政府というのは、明らかに、社会統合のために存在しています。私権原理の中で、バラバラかつ無秩序に私権闘争を繰り広げられたら社会秩序は崩壊するので、序列原理にのっとり、序列の最上位に位置する「国家権力」→それを行使するお役人とか政治家が、秩序維持や社会統合の仕事をすることをみんな共認していたのだと思います。
だから、国家権力を実際に行使する官吏が「偉い」のは当然だったと思います。

それが、市場社会になり、誰でもチャンスがあれば勝者になれる社会になると、国家は市場での「自由競争」がうまくいくために「調整」「奉仕」する存在だと言われるようになりました。公務員は公僕だとか、行政はサービス業の親玉みたいに、学校とかでは習いました。
けど、そんなのウソ・ゴマカシだと思います。

続きを読む

>以前知り合いの幼稚園の園長から、「人間で、最も頭がいい時期は5歳なのよ。」と教えられた事があった。<

この夏、大勢の幼稚園児、小学生らと接する機会があった。
そこで感じたのは小さな子供たちの「反応の自在さ」だった。

何をするにしても、幼稚園児と小学校低学年は、「疲れた」とか「出来ない」とか「眠たい」といった能力的・肉体的限界を言い訳に使ったりすることはなかったし、大人の指示に対して納得するまで「どうして?」と言い続けていたは幼稚園児であった。
さらに、身体ごとの反応を直裁的に示したのも幼稚園児と小学校低学年であり、確かに、幼児くらいの年齢が最も反応が自在であった。

続きを読む

序列原理といえば、すぐに江戸時代の士農工商を想定するが、考えてみれば、古来から’70年の貧困の消滅に至るまで、人々はこの序列原理を暗黙の内に認め合ってきていたのではなかったのか? (60401)

今まで私たちは、「近代になって身分制度はなくなった」と、学校やマスコミによって教え込まれてきた。それはとんでもないウソであった。現に、官庁や企業は、肩書きという身分制度によって統合されており、それなしには官庁も企業も動かないのが現実である。そもそも、「近代に身分制度は解体された」と教えている学校自体が、教師という身分に生徒が従う、という身分序列によって統合されている。

続きを読む

>前から「?」と感じていたのですが、「法学」という学問は何をやっているんでしょう?

本当に何ををやっているんでしょうね。

『日本の大学の法学部は一種独特の性格を持つ。卒業後に法曹界に進む例はまれで、法律の知識を生かした仕事に就く人も少ない。官吏養成の歴史と重ねて「就職に強い」「つぶしが利く」というイメージから法学部を志望する学生が昔も今も多いのではないか。』(毎日新聞・余禄)

就職に強い、つぶしが利く以外に何もない。どうやらこれが実態のようなに気がします。

『昔から中央官庁の主要ポストは東大を中心とする文科系、とりわけ法学部出身者が占める。財務省はもとより文部省でも厚生省でも、教育現場や科学や医学を知らなくてもトップは法学部出身者』(同上)

今日の閉塞した状況から抜け出せない原因も

『法学部支配に象徴される明治以来の硬直した官僚制度が、時代変革の波に対応できない優等生エリートを生み、日本の衰退を招く一つの要因になったのではないか。』(同上)

このあたりにあるように思います。

この間、このサイトで議論されているように、もはや力の序列原理から共認原理に転換した現在、その序列原理を基盤とし、保守的で権威的で一方的な法律も、それを学問(?)する法学も、従ってその支配も早晩みなの共認にその座を明渡すことは明らかなように思います。
 

日浦雅俊

マスコミが毎日垂れ流す事故・事件報道は、日常生活をしている多くの人の周りでは起こらないものばかりである。
彼らは、同じニュースを何度も繰り返して報道する。徹底して伝播しようと努める。
例外的な事件が、常識的な事件に変化してしまう。
普通の人達の共通事項が軽視され、得意な事例をさも普遍的なもののように錯覚させる。

学校で教わる歴史も同じような傾向があり、その時代の権力者の特殊例ばかりがクローズアップされ、全人口のうち大多数を占める庶民が何を考え、どういう生活をしていたかはほとんど見えてこない。

私権時代は同一視を封鎖させる情報ばかりが蔓延してきたのでは無いだろうか。
だから、個々が抱えている自分課題が、みんな共通の問題でみんな不全なんだと言う事に気づかない。逆に気づかせないように洗脳されてきた歴史なのだと思う。

坂本日出夫

このページのトップヘ