学者とマスコミが人類を破滅に導く

2013年12月

テーマは、
「プロによる観念支配こそ、時代閉塞の元凶」だった。
そこで聞いた印象深い言葉。

「我々は、無意識のうちに観念支配されている」

無意識に・・・恐ろしい!!
例えば、「個人主義」や「個性」。
露店などでもたまに「個人主義」について議論になることがある。

「個人主義ってダメなんですか?」
「今はまだ個人主義が実現されたとは言えない。」
「自分が幸せにならないと、他人を幸せにできない。」
「自分らしさを出さないと、社会で認められない。」etc…

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・特定非営利活動促進法 第一条
この法律は、特定非営利活動を行う団体に法人格を付与すること等により、ボランティア活動をはじめとする市民が行う自由な社会貢献活動としての特定非営利活動の健全な発展を促進し、もって公益の増進に寄与することを目的とする。

とある。好意的に見れば、
私益の追求ではなく、誰もが自主的にみんな(公益)の役に立つことを目的とし、社会をより良くするための活動を広げていく為の制度。って感じだろうか。

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先日母校の大学に就職のあいさつにうかがった。国立大学もついに独立法人化の波を受けて生き残り競争に必死である。もともと、理系の職人養成学校的色彩の濃かったわが母校にも、さまざまな変化を見ることが出来た。

学者は専門馬鹿で使い物にならないと主張し続けていたある名物教授は10年前から早々と設計の教育に見切りを付け、発注者側=供給者側に送り込む人材を教育すべく新学科を立ち上げた。そこでは、主張どおり、先生として学者は一切登用せず、民間の一戦で働く技術者や経営者を講師として採用し、現場での生の声を教育現場に注入している。まじめな学生は殺人的カリキュラムを次々とこなし、プロをも凌駕するプレゼンテーションテクニックを身に付け、校内にセットされた最先端の情報機器を我が物のように使いこなし、日々仲間達や先生に自身の成果を発表し評価を受けている。教室のあちこちで、自主的に繰り広げられているこの光景に愕然とした。

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>この「社会統合は専門家(統合階級)にしかできない。社会を変えようとしたらプロになるしかない」という固定観念そのものが、観念支配の最たるものではないだろうか。庶民の社会統合課題の断念をいいことに、社会統合のプロたちは自らの特権的身分を確保してきた。

ところが、これがとんでもない間違いなのだ。実際、社会が全面的な行き詰まりを見せているのに、彼らプロたちは、何ら新しい認識や答えを生み出せていないではないか。

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>大衆によって構成される社会は、当然、大衆(=素人)によって担われるべきであり、中でも決定的に重要な統合(とりわけ共認形成)の仕事を、「社会統合のプロ」が担っているのは根本的におかしいのではないか、その社会統合という仕事を大衆=素人の手に取り戻そうというのが、私の主張です。(6398

統合階級(政治家、学者、マスコミ)は、何故社会統合を仕事に出来るのか(社会統合で飯が食えるのか)?

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