学者とマスコミが人類を破滅に導く

2014年07月

先日のサロンで、今まで環境運動に取り組んできた人と話す機会があった。
その方は環境問題を潜在次元で捉え何とかしようと考え行動してきた人。しかし、割りばしやゴミ拾いなど、色んな活動をしても成果は感じられず、啓蒙しても人は集まらず、どんどん閉塞していった。いっそ山中に篭ろうかとも考えたようだが、全ては繋がっているこの世界に篭ることなどできようもなく行き詰った結果、結局これは観念や認識論の問題であることに現在辿り着いたようだった。
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2007年、光市母子殺人事件は、はっきり言ってメディアによる煽動(被害者への一方的な同情)が行き過ぎているのではないかと...極刑なのか?そうでないのか?という部分のみが協調され、国民の多くもメディアによる影響から、一様に裁判官になっているように感じる。真実は何かよりも、死刑なのかどうかしか煽っていくメディア、それに感情的に反応する国民やブログと、ますます混迷していく一方です。そのことについて言及しているブログを紹介します。

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>この、作者→(出版)→観客読者という在り様(よう)から、認識仲間の(サイトでの)協働という在り様への移行こそ、私権時代の認識形成と新時代(共認時代)の認識形成との決定的な違いである。

庶民の社会不全や答え欠乏を需要とした、専門家による本の供給が増えてきた。しかし結局は、専門家や著者はそれを飯のタネとしている以上は、その特権階級を否定するようなことは書かない。

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