学者とマスコミが人類を破滅に導く

2014年09月

>「基本的人権」という概念は、法や政治を語る際に、いまさら問うまでもない自明の言葉として用いられ、その根拠や出自についてほとんど何の吟味もなしに、ただ、なくてはならないもの、保証されるべきものとしてイメージされていることが多いように思いますが、私は、自然法、基本的人権といった概念は、その歴史的出自からしてきわめて怪しげなものであると考えています。

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 今日、とある建築関係の講習会で、姉歯事件以来、建築の構造設計志望が極端に減っているという話を聞いた。
 新しく1級建築士に合格した千人のうち構造屋はたった4人という割合らしい。

 しかし一方では、偽装事件を契機により安全にしっかり設計して欲しいという潜在的期待が高まっているはずである。

医療の世界でも医者不足の問題が起こっている。 
特に産婦人科と小児科が減っているそうだ。
  
 超過労働が原因だろうと言われているが、誤診の問題や急患受け入れタライ回しの問題が一番多いのも産婦人科である。

 ここでも、少子化問題が取り上げられる中、産婦人科に対する期待は高まっているはずだ。

しかし、この分野にも人は集まってこない。

 マスコミは不祥事や事件が起きる度にバッシング報道をし、テレビや新聞だけでなくネットの世界にまで波及させている。
 そこからは、ミスをしたらバッシングを受けるという恐怖感しか生まれない。

>人類的課題に対する期待と応望を主活力源にして創造活動を営み、評価収束による創造競争(=新たな同類闘争)によって圧力=活力を高め、その同類闘争を同じ評価収束⇒評価共認によって統合する社会、これは原始人には夢想だにできなかった社会である。
にも拘らず、同類圧力=共認圧力を生命源とする社会であるという根本パラダイムは、極限時代と同じである。ただ人類は、動物的な生存圧力の場を超えて、超動物的な同類圧力=共認圧力の場へ移行する段階を迎えただけである。それは、共認動物が到達するべくして到達した必然的世界であり、実は滅亡の危機に瀕した今こそ、動物的限界を引きずっていた前史が終わり、真の人類史が始まる、その起点となる時なのである。

 世の中の潮流は、間違いなく私権圧力から共認圧力に転換しつつある。
しかし、マスコミはそれに乗じて、強力な否定の共認圧力を掛け、人々の共認形成の場を独占し、かつ、主活力源である期待と応望をも封鎖させている。

 ネットは、マスコミに変わる新しい共認形成の場を作ることのできる可能性を秘めている。
 マスコミの論調に乗っかって、ブログを炎上させたり、匿名性を隠れ蓑して誹謗中傷を繰り返しては、せっかくの期待と応望の源泉を潰すことになる。

 私たちは、ミスや不祥事を突き回すのではなく、何が本当の問題なのか、何が求められているのかを追求し、潮流を否定のベクトルから実現のベクトルへの転換させなければならない。

 そして、世の中にまともな期待が顕在化するように発信し続ける事が求められている。



ギニュー特戦隊

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