学者とマスコミが人類を破滅に導く

2015年01月

デジタル記号たる言葉(特に文字)を本能・共認回路に意識的に結びつける必要があり、その回路が観念回路である。その回路は一度繋がったくらいでは定着しない。1000回は反復しないと定着しない。

観念機能を鍛える方法論は3つ。
①声に出して読む。
これは、発声するという運動機能を使うわけだが、運動機能の長期記憶力と一体化させて覚えるという方法論である。

②みんなで斉唱する(ex.『実現論』暗唱会)
これは共認充足の回路と結びつけて覚える方法論。

③意識的に本能・共認回路を作動させて意味づける努力をする。ほとんどの人が学校教育でやってきた方法論だが、これも千回以上反復しないと定着しない。定着した観念回路だけが使いものになるのであって、定着していないのに使えるわけがない。

ほとんどの人がこんな単純な事実に気づかなかったのはなぜか?
おそらく「記憶に定着していない知識は使えない」というこの単純な事実にこそ、戦後の言語能力の衰弱=戦後教育の欠陥を解き明かすカギがある。

【1】明治以降導入されたのが、西洋個人主義に基づく個人の興味関心主義の教育(とりわけ戦後はそれ一色)だが、その結果は惨憺たる無能化であり、個人主義⇒関心主義教育が失敗したことは明らかである。

なぜ、破綻したのか?
興味関心の出所のうち、最大のエネルギーを持つのは本能だが、本能のおもむくままに生きていたら楽チンな方向に堕落してゆく。つまり、関心主義とは堕落のすすめだったのではないか。それがGHQの占領政策として導入されたことと考え合わせれば、(日本人の)無能化政策であった疑いが濃厚である。

暗唱千回の有効性を根拠づける事例として、ユダヤ人は頭が良い民族(人口は0.3%しかいないのに、ノーベル賞受賞者の25%がユダヤ人)として有名だが、彼らはユダヤ教の聖典タルムードを3~4歳の頃から反復暗唱する。また戦前までの日本人は現代人よりはるかに高い言語能力を持っていたが、彼らの勉強法はひたすら論語や四書五経の暗唱であった。また、イスラム教徒も聖典コーランを幼少期から暗唱できるまで繰り返す。彼らの頭の良し悪しは定かでないが、アメリカに抗して闘うイスラム教徒の民族的な団結力は凄まじいものがある。これらの民族の活力は、聖典の反復暗唱によって形成されてきたことは間違いない。

そして、四書五経もタルムードもコーランも個人の興味関心など無視している。戦前の日本人・ユダヤ人・イスラム教徒として生まれたら当然の素養として覚えるだけである。厳選されたテキストを徹底的に反復することが、言語能力形成の道である。

これらの事例は、西洋文明が全てではないことの証明である。それどころか、今や進行中の経済危機は西洋文明の終焉を示している。そして、西洋個人主義に基づく興味関心主義の結果、あらゆる能力が低下してゆく一方であるのを見れば、西欧の興味関心主義は騙しであった云わざるを得ない。

【2】また、ほとんどの子供は興味関心を持っていないので、興味関心を刺激するために、次々と目新しい情報を与えて詰め込んでゆく。これが詰め込み主義であり、反復は軽視されている。それでは何も残らない。

入試が終わると全て忘れてしまう。ほとんどの社会人は学校で習ったことは役に立たないと言うが、そもそも記憶に定着していないものが使える訳もなく、役に立つ筈もない。学校の教科書は何十年もかけて洗練された体系であり、大人が見ても役に立つものである。そこには欠陥もあるが、学校の勉強が役に立たないのは教科書が悪いからではない。入試に通るために必要な程度の暗記(それでは反復回数があまりに少ない)だからであり、その程度では頭に定着しないので、使えないというだけのことである。

【3】ほぼ全員が本を読むときは理解しようとして読むが、理解したつもりになって定着しないまま先へ進んでゆく。これを理解主義と呼ぶ。

理解するとはどういうことなのか?

著者はありとあらゆる思いを文章(ex.論語や仏典)に組み込んでゆくが、それを理解するとは自分の興味関心に基づいて、元々書物に込められた広範な意味を、自分の理解で切り取り、矮小化させることに他ならない。言い換えれば、在りのままに受け止めているのではなく、自己流に解釈しなおしているだけであり、それは余計な(無駄な)操作なのではないか。

習わぬ経を読んだ門前の小僧のように、まずは耳からありのままに吸収する。後はその後の人生経験の中で自ずと意味がわかってくるというのが本物ではないのか。

そもそも文を「理解する=解釈する」必要などあるのか?
『実現論』のように、単に歴史事実を述べた理論は読めば自ずとわかる。

ところが、デカルトの「我思う故に我あり」とはどういう意味なのか?作者は何を言いたいのか、理解しようとしないと意味が掴めない。近代思想は全て、都合の悪い事実は捨象して作り上げられた詭弁だからである。詭弁を理解しようとすると、デカルトの「我思う・・・」に代表されるように、正常な神経では理解できない。詭弁の構造に乗らないと意味が通じないので理解しようとするわけだが、そのような詭弁を理解しようとすればするほど洗脳されていく。







匿名希望

文字は、メソポタミア文明におけるシュメールで発明されたといわれており、初期は農産物を示す記号と数量など取引の記録としての活用が主でした。シュメールの遺跡から発見された粘土板文書約30万点のうち、95%が広い意味の経済に関係している、ともいわれています。

文字は集団を超えた取引の記録・証拠を残すため、つまり私権発で生み出されたのではないかと考えられます。その後、表意文字から表音文字へと発達し、話し言葉が物語として書き記されるようになり、共認形成の手段として有効に使われるようになります。

集団内という限界を持つ言葉に代わり、集団を超えた社会統合の手段として文字は進化し、書物が作られ、現在の文明社会が形成されてきたわけですが、気をつけなければならないのは、その多くが私権統合を図るための法典、歴史書など、私権の追共認・強制共認の道具としての歴史を背負ってきたということです。

文字~書物はまさに観念の産物。だからこその使い方は共認の中身によっていかようにも変わります。私権時代は終焉し、共認時代を迎えた今、私権文明を象徴する書物をどう捉え、今後どのような書物を残し、どう読んでいくかが重要になってくると思います。




阿部和雄

>『実現論』のように歴史事実であれば読めば自ずとわかる。それ以上に理解するために余計な頭を使う必要はない。ところが、デカルトの「我思う故に我あり」とはどういう意味なのか?作者は何を言いたいのか、あれこれ考えないと意味が掴めない。231045< ※デカルトの代表的著作である「方法序説」のなかに以下のような文章があります。(ちょっと長い引用ですが) >わたしが考える魂として存在することが真であるならば、ある命題についてわたしが明晰かつ判明に捉えるとき、その命題は真であると言える。わたしは感覚的対象たる物体について真なる考えをもつこともあり、偽なる考えをもつこともあるが、前者は私の精神に由来し、後者は無に由来する。ところが、わたしはまた完全性について考えるとき、わたしの持っている完全性についての考えをもつこともあり、わたしの持っていない完全性(全知・不死など)についての考えをもつこともある。このうち後者はわたしが持っていないのであるからわたしに由来していないし、ましてや無にも由来しない。それゆえ、わたしの考えるこれらの完全性の観念は、実際にこうした完全性をすべて所有している何ものかによって与えられ、わたしの精神において不完全に分有されているということになる。この完全性を有する存在が、神である。以上のことをわたしは明晰かつ判明に理解する、ゆえに神は存在する(命題A)<リンク ○「わたしが考える魂として存在することが真であるならば」と全く「真」であるかどうか分らない根拠の無い前提を置いて、そういう私の「魂」が「明晰な思考をした結果」が「神を理解する」んだから「ゆえに神は存在する」なんていわれて???と思わないほうがおかしい。 あれこれ考えても理解不能です。 近代思想はある偏見=イデオロギーに染まることでしか理解できない代物です。それは事実の認識とは真っ向から相反する「思想」であると言えます。 庄恵三

  <潜在思念の実践思考>     <否定意識の倒錯思考>   

  答え=可能性を模索する     答え=可能性を発見できない
①      ↓↓                 ↓↓
   現実を対象化する         現実を否定する
        ↓↓                 ↓↓
② 内識と外識をイコールで結ぶ   捨揚回路(-捨象・+幻想)  
  実現経路            ⇒  感応観念に収束    
        ↓                  ↓
③ 実現回路が強化・形成されていく  実現されない      


思考次元1「潜在思念の実践思考」と思考次元2「否定意識の倒錯思考」を比較してみて、気付いたポイントは大きく3点。

①出発点の違い
 潜在思念の実践思考は、現実を対象化し答えを模索するところが出発点。対して、否定意識の倒錯思考は、現実を否定しているため、そもそも答えを模索しようとしていない。

②何に収束するか
 潜在思念の実践思考では、内識と外識をイコールで結ぶ実現経路に収束する。対して、否定意識の倒錯思考では、専ら自らの内面を対象化した+幻想に収束する。

③実現されるか
 潜在思念の実践思考では、答えが実現され、実現回路の強化につながる。対して、否定意識の倒錯思考では、+幻想など実現されず、現実は何も変わらない。さらに、実現回路はますます貧弱になっていく。

そして、実践思考では実現回路の強化⇒実現思考が強くなっていくのに対し、倒錯思考では実現回路が貧弱化し、もっと否定意識⇒倒錯思考が強くなっていく!
つまり、思考方法の違いによって、どんどん能力に差がついていく!!




モスキート

続きです。
『平成無血革命と歪んだ日米関係』(政治評論家、前参議院議員 平野貞夫 vs. 慧智研究センター所長、フリーランス・ジャーナリスト 藤原肇)リンクより転載します。
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●メディア操作と検察ファッショ

平野 検察ファッショは政治的意図による強権的捜査を指し、戦前の「番町会事件」が代表的であるが、ロッキード事件の時の捜査の仕方は、国民の多くに検察ファッショを感じさせた。田中首相を外資法違反で逮捕して、一応は首相の犯罪として話題を賑わせたが、アメリカ側には免責条項を適応したのに、日本側の捜査には無理が目立って、どう見ても納得できるものではありません。

藤原 それは軍備が絡む汚職だったからであり、本当は対潜哨戒機(P3C)の購入に際して、防衛庁長官(当時)の中曽根康弘が関与した、極めて重大な結果を生む防衛疑獄だった。だから、検察が架空の物語をでっち上げて、疑惑を隠すために問題をすり替えたが、全日空のトライスター旅客機の輸入の形で、手癖の悪い田中角栄に冤罪を押し付けたのは、CIAが中曽根の罪を救うためでした。

平野 リクルート事件で自民党を離党しているが、ロッキード事件では深手を負うこともなく、中曽根は首相として米国に貢いでいます。

藤原 その後の日本の政治は米国のしたい放題で、中曽根と竹下がカジノ経済とヤクザ政治を行い、バブルが炸裂して日本はガタガタになった。しかも、SII(構造障壁攻略)に続き追い討ちの形で、金融を使った企業の乗っ取り工作が進み、ネオコン路線に追従する小泉や安倍が、対米追従のゾンビ政治を続けたのです。

平野 バブル経済から現在までの四半世紀が、僅か30秒か40秒の時間で説明されており、現在に至っている点で実に明快です。確かに、藤原さんらしい鳥轍的で客観化した総括だが、過去20年の政治史を一冊の本にして、数百人の人間の判断や行動を描いた私にとっては、その総括では物足りないように思う。そこに生きている人間が不在のために、へーゲルの歴史哲学を読む感じがして、もう少し人間臭のある観点がなければ、自分が生きた時代として面白くないし、淋しすぎて楽しくないという気がします。

●日米関係におけるCIAの役割とジャパン・ハンド

藤原 分かりました。25年間に僅か四人の首相の名前の登場だけで、日米両国がゾンビ政治やネオコンとして規定され、病院の無菌室のような空気を感じて、面白みを欠いてしまったかも知れない。そうなると細部を描く必要が生まれ、個人レベルの体験調書の登場になるが、日米関係の歴史を決定付けているのは、CIAと結んだ自民党に陣取った政治家と、日本人を操ったジャパン・ハンドの関係です。岸信介と正力松太郎に関しては衆知だが、児玉誉士夫と中曽根康弘に関しての情報は、それほど知られていない状態が続く。だが、中曽根がハーバード大でのゼミに参加を手配したのが、ジョンズ・ホプキンス大のセイヤー教授であり、彼はSAIS(国際問題研究所)の日本担当教授で、元CIAのアジア太平洋担当の部長だったし、彼は中曽根の英語論文の代筆までしました。

平野 その辺にCIAコネクションの原点があり、ロン・ヤス関係で中曽根が日本を「不沈空母」と発言したが、軍事同盟の太いパイプが読み取れますな。

藤原 その後継者が立川基地が地盤の長島昭久で、彼は自民党の石原伸晃の秘書をやってから渡米し、SAISのブレジンスキ了教授のゼミで仕込まれた。しかも、ジョージタウン大のCSIS(国際戦略研究所)で日本部長をやり、ブッシュのネオコン政権で東亜部長として日本を手玉に取った、マイケル・グリーンの弟子になって帰国した長島は、民主党から出馬して議員になった。彼は防衛省の政務官に就任しているが、グリーンがどんな思想と行動の持ち主かを知れば、長島が時限爆弾になる危険性は高い。また、CSISの研究員としてグリーンに指導され、親父の渡部恒三衆議院副議長に対して、強い影響力を及ぼしていたのが息子の恒雄であり、民主党の元最高顧問は間接的にグリーンに引きずり回され、渡部恒三は日本の議会政治を歪めているのです。

平野 それで「偽黄門」がブレまくったのであり、渡部恒三が見せびらかす閻魔帳の印籠が、政治を狂わせる原因を作って来たのです。

藤原 最近のブロッグで四年前に平野さんが書いた、「『偽黄門』と『阿波狸』が民主党のガン」という記事が話題になり、コピーして来たので読んでくれませんか。

平野 サワリはここです。「『黄門さん」を自称している老人が、前原体制のつっかえ棒として登場。東北弁で国民的人気者になりかけた。これが『偽黄門』であることを、民主党もマスコミも見抜けないから困ったものだ。…マスコミも『偽黄門』だと知っていて、秘密をもらす貴重な人物として大事にするという、日本の民主政治を堕落させる存在なのだ。それまで小沢改革が成功しそうになると、人格攻撃をくりひろげ、足を引っぱってきたのが『偽黄門』の正体だ」。これは偽メール事件があった2006年に書いたものだが、四年後の今でも似たようなことが繰り返されて、「七奉行」などが騒がしく右往左往していますよ。

●M・グリーンという日本叩きの太鼓屋の怨念

藤原 その震源地はワシントンのCSISであり、そこでマイケル・グリーンに手なづけられて帰国した一人が、横須賀の海軍基地の手配師一家で、ゾンビ政治とロカビリーで親父が日本の体面を傷つけた、世襲四代目議員の小泉進次郎なのです。政治家の不出来な息子を筆頭に、動機を持つ在日系や松下政経塾の留学組は、「奇貨をおく」対象として恰好のカモです。かつてロスに留学中の安倍晋三に、KCIAの朴東宣が接近してスカウトしたが、結果は勝共連合の大戦果を生んでおり、脇の甘い留学生は情報戦の標的です。

平野 それで、小泉純一郎の息子もグリーンの洗礼を受け、目出度く世襲代議士としてお披露目したわけだか、子分や手先のリクルートの仕掛けは巧妙なものですな。

 ~後略~
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猛獣王S

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