今まで、統合理論(=答え)としての『実現論』も何度か読みました。最初はその「答え」の意味するところはよく掴めなかったのですが、最近の下部意識にスポットを当てた現実直視に関する投稿の流れで、現実は人々の意識によって規定され、人々はその意識に基づいて行動していることがようやく解ってきました。

そういう観点で読み返すと、『実現論』がサル時代から遡って人間の下部意識を解明するべく事実認識を積上げ構造化した理論であることが見えてきてきました。
そして下部意識の構造がある程度解ると、不全を頭の中で自己正当化する自我意識が、事実や真の下部意識を捻じ曲げるという「現実」が徐々に解るようになってきました。
そして現代は、私権システムという自我意識を駆動させる麻薬が切れてきて、本来の下部意識と上部意識が徐々に真直ぐに繋がりつつあることも、様々な現象からなるほどと思えてきました。

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卑近な例ですが、「期待・応望充足」という人間の下部意識を意識して見るだけで、子供の心の状態が解るようになったり、或は、仕事でも「共認・課題捨象の自我」という概念があることで、部下或は自らが本当に対象を直視してその求めに応じた成果に向かえない原因が、だんだん解ってきた感があります。ついでに、そのように原因がある程度特定できると、腹が立ったり、苛立ったりとうことがほとんどなくなってきました。

『実現論』が「答え」として重要だと思うのは、下部意識の基本的認識を形づくっていることだと思います。下部意識が見えれば、上部意識がそれに沿ったものか否かがはっきりしてきます。また、考えていく道筋が、下部意識と上部意識をイコールで結んでいくにはどうすればよいのか、というふうに明解になってきます。

難しいのは、今まで経験したことのない集団間に渡る下部意識に直結する意識統合ということだと思います。そのために今、下部意識が捉えた潜在思念で、みんなが共感する今までにない新しい方向性を模索していく必要があるのだと思います。

佐藤祥司