> 現代は、実現可能性が拡大した「面白い時代」のはずである。(22506

貧困の消滅した現代。それは、生存を直撃する自然の脅威に晒されていた始原人類から見れば信じられないぐらい生きやすい時代に違いありません。

しかし、多くの人々は相変わらず様々な「不全」に苛まれてています。私権時代は自らが肯定した私権闘争の結果である貧富の格差を恨み、近代以降は現実否定の「理想(幻想)」とのギャップに悩み…。時代が下るにつれて、「不全」はマッチポンプのように人間自らが生み出すものになっていったように思います。

また逆に、その流れ自体、人々にとっての「現実」というものが、今や完全に人々の「意識」によって規定されていることを裏付けるものでもあると思います。

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> 焦点は実現可能性とその壁にこそある。(同上)

最先端の今は、本源収束という下部意識と既成観念という古い上部意識が拮抗し、下部意識が勝れば「実現」を、既成観念が勝れば「不全」を生み出している。そして、下部意識は次第に既成観念を凌駕しつつある。

「現実」をそのような意識のダイナミズムとして楽しめれば、自家中毒的な閉塞感や私的不全よりも可能性の方に目を向けられるように思います。

田中素