>>仕事にかかわらず、好き嫌いは、自分を中心におくことで出てくる。真っ当な大人とは、他者の期待に応えられる=好き嫌いなど最初から眼中に無い人のことだと。<<
>では、好き嫌いという感覚自体が問題なのだろうか。<

 好き嫌いは感覚なのだろうか。
 「充足できた。」「充足できなかった。」という体験の記憶は事実として残る。そして、その体験が積み重なると価値判断としての好き嫌いという観念が形成されるのだと思う。

 過去において充足できなかったのは、事実だとしても、その原因が対象側にあったのか、自分のその時の状態にあったのか。見極めるのは難しい。「好き嫌いは、自分を中心におくことで出てくる」という黒田さんの見解は正しいと考える。

 感覚はその瞬間の体験だから、状況次第でいかようにも、変化するが、観念は過去の記憶に基づいているので、固定化しやすく、状況の変化に対応させるのは意外と難しい。好き嫌いという自分勝手な観念は出来るかぎり、排除していく必要があると思う。

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>いちばんいいのは他者の期待に応えることを好きになることではないだろうか。そのために子供たちにまず伝えるべきことは、他者の期待に応えることで得られる喜びではないだろうか。<

 「期待に応えることで充足する」という体験が大事なのであって、好きになるなどという余計な観念操作はいらない。また、喜びは伝えることは出来ないと思う。
 大人に出来ることがあるとすれば、そのような体験が出来る場を用意してやることぐらいではないだろうか。


玉川泰行