「想像して見たまえ。自分が抱きしめられるのか、殴られるのか分からないまま、母親の手が真っ直ぐ自分に向かって伸びてくる状態を。君が幼児なら、どんな気分になるだろうか?」(33051三宅さん)

のこのダブルバインド状態・・・・・統合不全を強いられる

いま、投稿を読んで知りました。

確かに多かれ少なかれ、この状態は、誰にも存在すると思います。
ダブルバインド状態といえるかどうか分かりませんが、人から言われた規範が、社会共認・規範から大きくづれていて、断層や矛盾、葛藤を生んでいることも多々あると思います。

例えば、

「みんなと仲良くしなさい」と言う半面、
「受験勉強で、人を蹴落としている」という意識。

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「積極的に物事に取り組みなさい」といわれるが、
「出る釘は、打たれる。」という現状。

「勉強しなさい」と親や先生に、いわれるが
「何のために勉強しているのか」という矛盾

「恋愛は自由」と言われているものの、最終的には、
「窮屈な一対関係(一夫一婦制なる結婚制度)」に収束しようとする。
「また、彼氏彼女関係になると、友達を失う」などと言う感覚を覚える。

「発想・結社・言論の自由」といっておきながら、
「教科書問題に代表される言論統制やメディア制限や極秘事項」の多いこと。

あげれば、きりがない。やむ終えない場合もあり、全て、どちらが正しいとは言い切れないが、少なからず、欺瞞観念(恋愛・自由・個人・博愛・平等など)と現実社会とのギャップは、統合不全を生み出すことは間違えない。

>下部意識・潜在思念では本源収束したいのに、上部意識・倒錯観念では私権的であることが良しとされ、その矛盾から逃れる術(認識)が無い。

だから、

>日常生活の、そこかしこに見られる、潜在思念と倒錯観念の”ズレ”。これも、現実の一局面であるならば、現実を当事者として対象化することによって、そのズレを感じ取り、動き出そうとしている無名の人々こそが、ダブル・バインドを乗り越える可能性を持つのであり、「同類圧力」等、現実を対象化した認識群、つまりは、「実現論」を、即座に身体化できる素地を持っている、ということなのでしょう。

という考え方に納得しました。

「すっきりしたい」という欠乏が生まれた時には、このダブルバインド状態にあり、「すっきりする」ために、そこの構造を分析していくことで、解決できるという思考を身に付けることができるのでしょう。

全ては、塗り重ね適応態であるがゆえ、本当は、根源で、繋がっているのであり、それを見極めること(構造認識把握すること)のお手本・指標が、実現論であるのだと思いました。

>意識が統合されるには、諸認識が状況に合わせて整除される必要がありますがこれがなかなかできない。しかし難しいけれども意識上の混濁や不全を解消するには、認識の統合しかなく、根底では、認識の統合を皆が期待し合っている状況だろうと思うのです。(33145田村さん)
 
と快美欠乏と認識の話をされている田村さんが言われていることも、よくわかります。

現実場面で、このような意識にあるときは、これを思い出して言動を確認していこうと思います。
 


近藤文人