確かに山澤さんの仰るように、マスコミは政治家、官僚、大企業の不正を次々と暴き立て、まるで国会や検察や裁判所以上に裁定権を持っているが如く機能しています。ゴシップネタから刑事事件に至るまで、ネタは何であれマスコミが攻撃すれば、議員辞職から企業倒産にまで追い込まれるという異常な現象が年々強まっています。権力者の不正を許さない(または密室性を廃し透明にせよという)人々の監視圧力の高まりを是と感じる一方で、それで何か好転したのか、益々閉塞感は強まっているではないかという根本的な疑問も生じます。

 問題はいわゆる権力者の不正などではなく、るいネットの巻頭言に「この社会は、人々の共認によって成り立っている。ところが、これまでは一握りの知識階級が、この共認を支配してきた。つまり、専ら学者や芸術家やマスコミなど専門家だけが様々な認識を作り出し、人々は、彼らが撒き散らす認識を受け入れるしかなかった。しかし、彼らの観念は、殆んど現実の役に立たない。現に、社会が全面的な行き詰まりを見せているのに、未だに彼らは何の答えも出せないでいる。」とあるように、マスコミや学者たちの独占的な共認支配、しかも共認内容が現実から逃避して頭の中だけで代償充足する代償観念でしかないことにこそ、全ての問題の元凶があります。 にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ
共認の独占支配、これこそ権力の最たるものです。権力者の不正や不透明さを許さないと云うならば、まず真っ先にマスコミに対する監視圧力を高める必要があるのではないでしょうか。事実かどうか、必要な報道(番組)なのか、現実逃避の代償観念ではないのか、それが閉塞状況を突破する答えになっているのかetc監視圧力の高まりの中から、自分たちで共認(認識)形成するしかないとの必要判断が生まれてくるように思います。

岡本誠