>「何故勉強したほうが良いのか?」「何故参加したほうが良いのか?」といった素朴な疑問を、再度構造的に整理しておく必要を感じました。

旧観念否定の共認が絶対に不可欠になると思います。
でないと、「新しい認識を一から勉強する必要」も、「るいネットである必然性」も、全く伝わらないし、ここから逃げていくら“認識らしき話”をしてても、協働仲間になれない壁を感じます。(43664>スタート地点である認識が、曖昧になってしまっては全く意味をなさない。「認識に近い話し」ではなく「認識」を語らねば(どれだけ充足した感想をもらっても)先は無いのだ。) にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ
極端な話、るいネットを紹介する前の認識営業は、『旧観念無用を共認すること』(それを共認出来る人を見つけること)に尽きるのでは?と思いました。
そこさえ共認出来れば、あとは、認識仲間とのおしゃべりでも、オフ研でも、るいネットでも、本でも、認識営業でも、その人の欠乏や状況に応じて紹介し、充足を得るのは簡単だと思います。

そして、「旧観念無用」に踏み込んだ段階で初めて相手の可能性判断が出来るような気がします。

西知子