自由に話し合えて面白い。」
「人それぞれの意見が聞ける。」

先日、学生と話しをしていて、あれっ?って思いました。

今ある言葉は、旧観念が作ってきた言葉。
色んな(=360°)方向の可能性を探り始めている言葉(49533)が、旧い言葉と混じってしまっている。

旧観念に染まってない世代は、目上の人から聞く言葉を使ってみるが、大人(親や教師)と意思の疎通ができないと不全を抱えている。その学生も、大人と話す時は、無意識のうちに旧い言葉で話さなくては・・・って、使ってはみるもののうまくいかないみたいです。

以前の投稿にもありましたが、

>うそー、ほんとー、まじぃー、っていうかぁ、みたいなー・・・

>若者の言葉が乱れている、嘆く声をよく聞きますが、これは旧観念からの脱皮現象だと思います。

今は、潜在思念を共認する言葉は、“感覚言語”(=体感・実感の言葉)になります。しかし、それでは、旧い世代にはわからない。

だから、旧い世代も新しい世代も、旧観念無用で新しい言葉を吸収して使う事によって、共認不全を突破していけたらって思いました。

改めて新しい言葉の必要性を感じました。

藤本正義
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ