今までそれがあたかも「当たり前」であるかの様に信じ込まされてきた事がなんと多いことか。

最近話題の権利やマナーについても、みんながこんなに違和感を感じていたなんて知らなかったし、自分自身も「そういえば何かおかしい」とあらためて気付かされた。

言われてみて初めて「そうか!」って気付く。何となく違和感を感じていたり、おかしいと思っていたりすること、いやそれさえ感じずに何となく「当たり前」だと思い込んでることってほんとたくさんあるんだなあ…と最近本当によく思い知らされる。
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今までまともに考える事をホントにしてこなかった。だからちょっと“何でだろう?”と考えるだけで「そうか!」ってすごく新鮮に思えることが山ほどある。でも実は、よくよく考えれば「当たり前」のことがほとんど。そんな当たり前のことにさえ気付けない、この共認支配ってやつは恐ろしい。

>この共認支配の構図から見えてくるのは、何であれ万人に適用する以上『万人の共認』が必要であるという、言わば当たり前の視点だと思います。

「当たり前」…何も考えずに思い込まされてた「当たり前」とよくよく考えてみて“なぁんだ”と気付く「当たり前」。この違いはホントに大きいなあ。

>現代にも未だはびこる共認支配の現実を前に、この『万人の共認』=『みんな共認』という視点自体が、権利や人権という旧い概念に取って替わる、役に立つ新しい概念なんだと、あらためて思います。(同上)

一部の発信階級によってねじ曲げられた、何の根拠もない「当たり前」は、
>【大多数の健全な(=普通の)人たち】
にとっては、“何でだろう?”という単純な発問と、少しの言葉(=役に立つ新しい概念)によって簡単に塗り替えられていくんだと思う。
 

浅田祥幸