私権時代の全ての既成観念(古代宗教と近代思想)は、この異常な現実否定意識に基づいて作られている。(20354)

古代宗教や近代思想は、初めから現実を変革するつもりなどない。
というのも、「現実を否定する」ことが大前提としてあるから。
そして現実否定によって、意識と現実は分断される。
分断された意識が向かう先は、感応思考(幻想思考や倒錯思考etc)。

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学者やマスコミが撒き散らし続けているのは、
恋愛・自由・平等・人権・福祉・個人主義etc…の近代思想。
序列原理が絶対という時代に、現実に背を向けて作られた観念群。
つまり、実現不可能視に基く頭の中だけの観念群。

彼ら学者・マスコミは、物を考えたり発信したりすることを「職業」としているため、旧観念を否定することなどできない。
自分で自分の首を絞めるようなものだから。

行き詰った現実を「どう突破するか」という思考に向かうのではなく、「どう表現するか」という思考に向かう。
現実が行き詰っていくのを、ただ見ているだけの傍観者。
そして相変わらず、何の答にもならない、役に立たないことを撒き散らし続け、社会のガタガタ現象は進行し続ける。

>しかし、もはや人々を騙し続けることはできないだろう。なぜなら、我々=素人は、彼ら発信階級が押し付ける旧観念(=近代思想)こそが社会を閉塞させ、人類を危機に導いている張本人であることに、既に気付いて終ったからである。(9560)

「出口を塞いでいるのは、統合・発信階級が撒き散らす固定観念」
そのことに若者をはじめとして、大半の人々は気づき始めた。
旧観念の言葉を捨てて、実感ベースの言葉を使うようになったのはその証。

時代閉塞に伴い、彼ら発信階級は一層観念支配を強めようとするが、彼らがそうすればそうするほど、現実と彼らの発信内容のズレが明確になり、人々の「なんかおかしい」という意識は顕在化するだろう。

「出口を塞いでいるのは、彼ら(プロ)が撒き散らす固定観念」
というのは確固たる事実なのだから。
 
井上緑