>しかし、なぜ学者やマスコミや官僚は、生命力を失い形骸となったそれらの観念にしがみついているのでしょうか?それは彼らが、それらの観念を売り物にして現代の神官としての特権的な身分を手に入れた特権階級だからに他なりません。あるいは、本来万人が担うべき社会の統合という課題に自分たちだけが高給をもらいながら関われる身分という意味で、特権的統合階級と呼んでも良いでしょう。(『現代の神官=社会統合階級の欺瞞』968

貧困が消滅した’70年以降、序列原理から共認原理へ社会統合原理は大転換したにもかかわらず、社会を統合する特権階級=身分制度が残存していること自体に根本的な矛盾を感じる。力や資本を背景にした支配・被支配という関係が、職業的分業を背景にした発信階級・受信階級という新たな身分(=職業的プロ)支配に姿を変えただけで、真の共認原理とは程遠い。

しかも、人々の不全に答えを出してくれているならまだしも、益々閉塞状況が進行して行っているのだから、何の答えも出せない彼ら無駄飯食いたちの罪は極めて重い。特権的身分というのは、そこに安住し堕落する(身分を守ることが第一になり社会のことは二の次になる68994)のが常のようだ。特権に守られた私権序列上位の集団が、私権時代の旧観念を駆使して、共認原理に従う社会を統合しているという奇妙なねじれが、益々社会を閉塞させていっているように思う。

人々も受信するだけ、評価するだけではなく、特権的身分を許している職業的分業=プロの壁を突破する段階に来たのではないだろうか。もはや彼らに何の可能性も感じない、期待できないという諦めの一方で、専門家=プロには敵わないというプロ信仰意識もあり、共認運動にとって最大の壁になっているように思う。

社会が変わるとき、旧社会の統合階級が癌になるのはいつの時代でもそうであって、同時に新たな可能性に収束することによってしか次代が切り拓かれないのも普遍的な事実である。役に立ちたい⇒みんなの期待に応えて答えを供給したいという欠乏の高まりは、新たな活力源を形成し、プロの壁を突破する原動力になっていくと思う。

岡本誠
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