現代であればもう既に、近代思想が無用の長物である事は、「言われてみればそうかも」という次元を超えて、「これはおかしいかも、これでは上手くいかない」と気付く程に明確になってきたのではないかと思います。現に、仲間第一の若者の中では、自分を主張する事や、彼氏・彼女に固執すること(仲間よりも恋愛を大事にすること)は、白い目圧力で封鎖されてしまいます。
 では何故そんな観念が作られてきたのでしょうか。そこにはきっと必然性=社会的な欠乏や共認があったはず。先日出たなんで屋劇場で、その解答を得ることができました!!

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 近代思想が受け入れられていった時代というのは、実は、市場拡大の時代でもあります。要は、自我私権闘争の可能性が開かれた時代です。
(市場が拡大したその時代背景には、序列統合が安定的になり、安定してるが故に人々の解脱欠乏や快美欠乏が肥大化し、更には生産力も上昇して余力が出て、それ故に序列原理のニッチ=市場に収束(市場が拡大)したということがあったそうです。)

 当然の如く人々は、潜在思念ではその開かれた自我私権闘争の可能性に収束していったわけですが、当時の支配的価値観(規範)は、「お家第一、主君絶対(=集団第一)」に代表される序列規範や、「忠、孝、礼」などに代表される儒教規範であり、自我私権闘争=周りは全て敵であるというスタンスとは180度違うどころか、それを封じ込めるものでした。これは、潜在思念と価値観は完全にズレを起こした状態です。

 この時、人々が求めていたのは、肉体(潜在思念)と頭を一致させることであり、言い換えれば、自我私権闘争の可能性を正当化するための観念を求めていました。代表的なのは、個人主義(個人絶対、自分第一)や恋愛至上主義etc.です。こうした観念を与えられた人々は、潜在思念と観念がピッタリと一致し、自我私権闘争に邁進することになるのです。

 これを踏まえれば、例えば明治期に、それまで日本には全く存在しなかった概念である近代観念が受け入れられた事にも納得します。
(実際は、欧州へ留学した学者たちやインテリ階級の間で広まり、大衆レベルに広まったのは、本格的に市場が拡大する戦後だそうですが。)

 ここでの気付きは、近代思想が人々に受け入れられていった構造にもありますが、それよりも、『人類はいつの時代でも、潜在思念が先に可能性をキャッチして、その後に潜在思念にフィットする観念を求める』という構造にありました。
 例えば、現在の社会状況を見ても、心底ではみんなに収束しているのに、「自分」観念に支配され、いつも壁にぶつかってしまうという事が往々にしてあります(冒頭の例に然り)。これは潜在思念にピッタリと合う言葉がないからだと言えます。そうであれば、「共認原理の社会になったんだ」とみんなの頭が塗り替えられさえすれば、一気に社会は動き出していく。新理論が必要であり、かつ現在人々が最も求めているものであるという所以は、この点からも明確です!!
 
山崎許子