「好景気」ってつまり、「金回りがいい」ことですよね?
経済活動が活発で、モノやお金がたくさん回っていること。

…それで、何かいいことあるんですか?

お金が儲かって、モノがたくさん買えて、しかもモノのグレードとかどんどんステップアップ出来て。それでもお金が余って仕方ないから、普通の人がマンション転がしてたり株やってたりしたのがバブルの頃。

あの頃に戻って、何か解決するんでしょうか?

「国の借金800兆をどうする?」も。
「環境破壊」も。「経済格差」も。
「学級崩壊」も。「少子化」も。
「民族紛争」も。「テロの連鎖」も。
「生きるって何?」も。「うつが増えたのなんで?」も。

すべては「貧困の克服」→「私権統合の崩壊」→「収束不全」「活力衰弱」のゆえであって、必要なのは「私権統合」に替わる、新たな統合軸。

「お金があれば、景気がよくなれば、この不全感は解決する」なんてはずがない。「新認識」を知らない普通の人々にも、これがもはや当たり前の感覚なのではないでしょうか?

よって、「景気が良くならないのはなんで?」という「なんで?」は、「景気がよくなることはいいことだ」「これを達成するのが社会正義」と思っている統合階級の人々が発する疑問でしかありえず、もしくは普通の人が口にするときは、「何かいいことないか?」という程度のあいさつ代わりではないかと思います。

本当は、景気をよくしたいなんて本気で思っていない。
この収束不全の突破口が何なのか、それが知りたいのではないでしょうか。
そして、その突破口は、人々の活力源はすでに私権から共認へ移行したのだという状況認識を得ることからしか、見えてこないのではないかと思います。

藤岡聖子
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