るい塾ネットを読んでいてもたまに目に付くのだが、
未だに「社会進化論」的に進化を見ている人も多い。
つまり、進化とは定方向に進むもので、
弱肉強食こそ自然の摂理、競争原理こそ進歩である、という思想だ。

局地的に見れば確かにそういう面もあるのだが、
しかし、長期的に生物史を俯瞰してみれば、
これまでるいネットでも議論されているように、
「強者は常に環境の激変により絶滅している」
「環境の激変を切り抜けるのは外圧の強くかかる弱者である」
という事実が如実に浮かび上がる。

にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ
この生物史の解釈の違いは、社会を考察するときにも
大きな違いとして浮かび上がってくる。

つまり、前者の社会進化論的立場に立てば、
定方向の進化の行き着く先は「自由主義」「市場主義」となる。
しかし、前述したように、そこには大きな欠落がある。
つまり、状況が激変したとき、
可能性を切り開くのは弱者である、という視点が抜け落ちている。

そして現代というのは、生存圧力の克服⇒私権の衰弱という、
生物史を振り返っても、かつてなかったような大転換期である。

そんな状況の中で、いまだに「私権強者」を礼賛する
自由主義思想は、二重・三重に狂っているといえるだろう。
 
Lucky