最近、久しぶりに「オンリーワン」という言葉を聞いた。
これからの大学はオンリーワン、つまり何かに特化した個性がなければ生き残っていけないという意味合いだった。大学は無圧力空間の典型だから世間より4~5年遅れている。

「オンリーワン」という自分(たち)にとって都合の良い幻想観念に収束してしまうのは、何故か? 

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それは、『必要か否か?』という判断ができないからである。
収束不全の現代で、「極めて基底的な地平にある判断機能(33995)」を自ら機能停止させてしまうようでは到底生き残っていけない。こんな観念こそが「不要」であり、社会にとって何の生産性もない。(本来、オンリーワンとは周りが評価するものであり、自らの目標にするものではない)

無限課題の連続である現代では、常に『必要か否か?』の判断に迫られる。どれだけ対象の期待に応えて、共認を得ることができるか。さらに、一過性の評価に留まらず、共認を獲得し続け、全体を再構築しなければ意味が無い。同類闘争圧力が高まるほど現実を対象化する必要があり、判断を狂わす幻想観念は邪魔になってくる。


橋口健一