先日のサロンで、今まで環境運動に取り組んできた人と話す機会があった。
その方は環境問題を潜在次元で捉え何とかしようと考え行動してきた人。しかし、割りばしやゴミ拾いなど、色んな活動をしても成果は感じられず、啓蒙しても人は集まらず、どんどん閉塞していった。いっそ山中に篭ろうかとも考えたようだが、全ては繋がっているこの世界に篭ることなどできようもなく行き詰った結果、結局これは観念や認識論の問題であることに現在辿り着いたようだった。
にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ
つまり現在の問題は、様々な問題現象を環境問題として捉えていることや、人間の欲求がどこからきているのかなどの、根本認識自体が間違っていてその観念を塗り替えていかないと正確に現実がみえない、と。

サロンの場では、その視点は重要なのでもっとその問題を鮮明にしていく流れだったのだが、その議論の中で彼が気付きを得ていたのは、潜在思念の実践思考だった。

というのも、潜在思念(本能、共認)次元での認識機能は、るいネットの新概念の定義集にもある新しい認識だ。もちろん彼はこの認識がないが故に、今までの観念が旧い観念だと気付いていても、拠り所になる認識基盤がないが故に行き詰ってしまっていた。考えることは必要だが、考えるにしても旧い認識では役に立たず、かといって新しい拠り所がない。

そんな彼にとって、「潜在思念で捉える認識機能がまずあり、観念とはその潜在思念で捉えた象を明確にし、それらを構造的に組み立てることで潜在思念だけでは捉えられないような現実をも掴むためのものである」という新認識は、大きな気付きになったと共に潜在思念という大きな拠り所を得たようだった。

現在の環境問題は特に色んな観念が氾濫しているような状態だ。勉強すればするほど旧い観念が頭にこびりつき現実が見えなくなっていく状態だろう。現実を捉えていない旧い観念を捨て去り、実現可能な観念を獲得していく為には、この【潜在思念の実践思考19059】の投稿自体が新しい認識となって潜在思念を呼び起こしてくれるのだと感じた。
 

喜田育樹