現在、全国紙として知られている新聞も、その歴史は実はそんなに長くなく、幕末~明治初期と言われています。(外国はその約200年ほど前からあったとのこと)
その成立構造を調べると、大きく分けて、政府発の大新聞と民間発の小新聞があったそうです。その特徴は以下。
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官or民     政府発(ex,官報など)       民間発

総称         大新聞           小新聞

代表例     東京日日新聞(現毎日新聞)  朝日新聞・読売新聞

内容          政治          娯楽(ゴシップ)

文体        文語(漢語)        口語(ひらがな)

目的         世論形成          大衆迎合

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        自由民権運動などの      女性・子どもが
         実現のために利用       主要な読者
                         
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         政府による弾圧      政治ネタで読者拡大
                      (ex,西南戦争など)

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                  通俗化


小新聞はもともと大衆迎合路線で娯楽中心の記事を書いていた。
大新聞は政論を扱い、その影響もあり自由民権運動などが実現。その力に恐れをなした政府が弾圧を始め、いわゆる大新聞も通俗化し、小新聞との区別はほとんど消失して、いずれも営業本位となった。これを「中新聞化」と言ったりもする。


(参考)
幕末・明治のメディア展リンク
土屋礼子『大衆紙の源流-明治期小新聞の研究』リンク
日本の新聞ジャーナリズムの発展リンク
マスコミの戦争責任を考える(1)リンク


新聞の成立構造を調べてみると、「世論形成」か「大衆迎合」が目的であり、そもそも「事実報道」は全くされていないことが分かります。
これは、新聞だけではなくマスコミの本質とも言えるのではないでしょうか。
つまり、「マスコミが事実を報道する」という認識は、マスコミが流した「幻想」でしかないのです。


春風