>にも拘らず、私権の衰弱によって社会的な身分序列の頂点に君臨することになった大学の体制化とそれによる肯定派の増大によって、徒らに対象の細分化が進行し、ますます基本構造の見直しが捨象されて、誤った「基本認識」を生き永らえさせる事になった。18718

この部分を、直近のなんでや劇場で展開された新認識である【国家私権】と【偽ニッチ構造】で考えると、スッキリしました!

'70年に貧困が消滅して、まず国家私権が崩壊していきます。確かに'70年以前の学者は、国家プロジェクトにかかわるような研究をしていたり、研究によって国家を繁栄させたい!という意識を持っていた。しかし貧困が消滅すると、国家のためになるかはどうでもよく、自分のしたい研究をしたい!そのために予算を取るというような学者が増えたんだそうです。
国家、企業(ここでは大学)、家庭が三位一体の国家私権が崩れて、企業(大学)私権へ移行したことが大学の体制化を整えたのではないでしょうか。

一方、普通の大衆は私権の衰弱から無思想無関心に陥り、潜在思念の実践模索へ向かっていきます。「大学は就職するまでのモラトリアム期間」「遊ぶために大学に行く」というのは、まさにその表れかもしれません。そうして既成の誤った構造認識が生き永らえるわけですが、、なんら答えを出せない構造認識に大衆はうんざりしていくわけです。
しかし、統合階級たちは、否定と自我に囚われているがゆえにますます既成の構造認識から脱却できず、誤った構造観念を垂れ流し、狭い学会世界etcの統合階級世界で権威化されていきます。そしてついに構造認識は特権階級の商売道具(飯の種)に成り下がってしまった。

ですので貧困が消滅して以降の大学の権威化もまた、大衆が無関心であるがゆえに成立する、偽ニッチ構造だったのではないでしょうか。
 



谷光美紀
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