>具体的には、タキトゥスの「ゲルマニア」やウェスターマークの「人類婚姻史」など、数々の参考文献から主に未開部族の婚姻形態を分析しています。(227770

婚姻史を追求する過程において、様々な学術資料・論文などを調査しましたが、227666で投稿されているように、既存の資料や論文は極めて中途半端な分析であったり、現代的”価値観”から分析されたものが多く、追求としても完全に行き詰まっていると感じました。多岐に分類される学術研究テーマの中でも、最も酷い状態であると言っても過言ではないと感じています。
その行き詰まりの原因には、確かに「実証主義」を重んじるが故(227666)と言うこともありますが、それ以上に「家族」と言う極めて狭い視点、近・現代的な価値観からしか婚姻形態のありようを分析していない点にあると思われます。

この点『婚姻論』は、婚姻形態のありようを、(自然・外敵)外圧状況と生産形態、同類圧力と集団統合様式(集団統合力)と言うように、「外圧状況」と「集団統合」の観点から構造化している点が、既存の学術資料・論文と一線を画していると感じます。
例えば、”総偶婚”が「採取生産」という生産基盤による自然外圧の低下の中、集団統合力・集団活力を上昇させる為に形成された(実現論1_8_01)と言う分析や、”交叉婚”が同類闘争圧力の上昇に適応する上で、部族統合力を高める為に登場した(5609)と言う分析などは、「外圧と集団統合」の構造認識無く、到達することは不可能です。(フィールドワークによる実証主義では決して辿り着けない)
構造的視点・構造認識が、仮説思考を可能にし、極めて論理整合性の高い分析を生み出しているのであると感じます。
この構造認識に基づいた、婚姻形態の分析こそ、『「婚姻論」の史的価値』(227666)の本質と言えるのではないでしょうか。

なお『婚姻論』では、集団のおかれた外圧状況を分析する上で、必ず集団の生産形態に着目していますが、この視点が極めて重要であると感じます。
集団の生産形態に着目することで、その集団のおかれた外圧状況が極めて鮮明に捉えられる。この生産形態への着目から捉えた外圧認識こそが、『婚姻論』における構造認識の基盤であり、全ての分析の中枢となっています。

『婚姻論』は、企業体である類グループの理論研究会によって作られましたが、現実の生産課題の中に身を置く生産集団であるからこそ、このような視点からの論理構築が可能になったのであると感じます。
そういう意味では、現実の生産課題から離れ、特権的位置から調査・分析を行っている学識世界では、全く構造化できない、答えが出せていないのも当たり前であると感じます。



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