80年代の校内暴力にはじまり、90年代の学校崩壊・青少年犯罪・コギャルの発生、00年代のモンスターペアレンツetc.etc教育の崩壊→社会の崩壊(ガタガタ)現象は止まらない。

それは、私権の衰弱→私権規範の崩壊が社会背景にあるが、戦後の教育(思想・理念)を押え直すことで更に見えてくる。

自由、平等、人権etc.
中でも、「自主性や自発性を重んじた個性活動を根本原理においた教育」を重んじたことに問題(矛盾)があり、“自主性”とは耳障りがいい言葉ではあるが、何をやっても許される、自発性が湧かなければそれでもよいとも思える。

「今が楽しければいい!」という享楽主義も充足発から来るものかと思っていたが、単に興味関心、本能の赴くまま、解脱を貪りたいという興味関心主義教育の帰結だったのではなかろうか?

西洋の個人主義に基づく興味関心主義教育、とりわけ戦後教育がいかに堕落への道へ導いたのか解かりやすく書かれていた内容を紹介します。

「コギャルがあざ笑う戦後教育」 リンク より
転載します。
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 94年にコギャルが発生したとすれば、コギャル第一世代が生まれたのはちょうど80年(昭和55年)前後となる。コギャルの親が団塊世代という指摘はすでになされているが、この世代の価値観を決定づけたのが戦後の学校教育である。

 団塊世代は40年代後半のベビーブームに生まれ、55年頃に小学校に入学している。当時は60万もの組合員を擁する日教組が全国の学校を支配化に置き、道徳教育や勤務評定をめぐって文部省と激しく対立していた。デモとストが頻繁に繰り返され、教師が労働者だという認識が広がったのもこの頃である。

 これら日教組の教師が熱に浮かされるように推進したのが、いわゆる戦後民主主義教育である。大正自由教育と左翼イデオロギーが奇妙に融合したこの教育理念は、かつての軍国主義を台頭させないという名目のために、戦前の文化や思想・教育形態をことごとく否定したものであった。教育史的には「全体主義に奉仕する練成教育から、自主的な問題解決を軸とする体験学習への移行」であり、「自主性や自発性を重んじた個性活動を根本原理においた教育である」とされるが、戦前を全否定するという極端な発想であるだけに、当初から多くの矛盾をはらんでいた。

 こうした理念が初めて登場したのは、教育勅語をおいてである。45年、日本の非軍事化と民主化を進めるGHQは「修身、日本歴史、地理の授業停止」を命じて国家主義教育の一掃をはかったが、教育勅語だけは占領政策に天皇制が必要であるという理由から明確には否定できないでいた。文部省も国体護持のために教育勅語を存続させようとしたが、48年の衆参議院においてその失効決議が採択される。その論拠は「内容に一点の瑕疵がなくても、完全な真理であっても、専制君主の命令で国民に強制したところに間違いがある」というものであった。強制の排除、権威の否定といった戦後教育の根本理念はここから始まる。

 しかし、この発想には大きな陥穽がある。近代の学校とは社会生活に必要な知識や技能を体得させるために設置されたものであり、生徒の意思にかかわらず、生徒を強制的に登校させ、時間的にも空間的にも拘束し、知識や技能を強制的に教えることから成立している。つまり「強制」とは学校教育の根本理念であり、それを排除していけば学校は崩壊するしかないのだ。

 また、「真理であってもそれを強制的に押しつけてはいけない」という考えからは戦後教育の理想とする「生徒がそれぞれの自主性によって真理を獲得する」という自主性尊重の概念が生まれるが、これも現実性のない空論である。そもそも、この世に普遍的な真理など存在しない。殺人という重罪でも人口抑制という見地に立てば肯定できるし、礼節や恩愛、孝行といった徳目もその社会を円滑に営むための相対的な価値観でしかない。これらを何の強制もなく、しかも社会が望むような形ですべての生徒が自主的に体得できるというのはまさに夢物語でしかない。戦後民主主義教育を信奉する教師たちはこの矛盾を解決するために、子供の本性は善であるとして「強制を排して自由にのびのびさせれば、誰もがその善性を発揮して理想とする徳目を体得できる」と説くのであるが、これが妄説であるのは今日の凶悪な少年犯罪を見ても明らかだろう。

 また、強制を排除しても生徒が真理に到達するのなら、教師の権威性は不要となり、教師と生徒は対等な関係となるが、こうした平等空間では教育は成立しない。生徒の誤った価値観や行動を矯正できるのは、教師側の権威性によるものであり、教師が友人として同じ立場に立つのならば、感情的な理由でいくらでも指導を拒否できるからだ。

 戦後民主主義教育はこうした矛盾をはらみながらも、戦前の軍国主義教育に対するアレルギーから広く受け入れられ、様々な教育実践がなされていった。多くの教師は真に民主的な日本を作ろうと真摯な努力をつづけたが、矛盾を内包した理念であるだけに、自主性を尊重するという美名のもとに極端な放任主義に走ったり、共産主義革命を扇動する教師が現れたりと、当初から様々な問題が生じていた。また、生徒と教師が対等であることを示すために教壇を撤去し、教師をさんづけで呼ばせるとか、学力テストを全廃し、運動会の順位づけをしないということで平等主義を標榜したりという、皮相で短絡的な実践が一般化していった。

 この影響をダイレクトに受けたのが団塊世代である。彼らが左翼イデオロギーに傾倒し70年安保や高校紛争の中心勢力となったのは必然的な結果といえよう。

 団塊世代の特徴として、家庭の中にも旧秩序打破の思想を持ちこみ、親と子の上下関係を認めず(平等主義)、モラルやしつけの押し付けをせず(強制の排除)、自主性にまかせるといった(自主性尊重)まさに戦後教育的な子育てをしたことが知られている。こうして登場したのが、相互の甘え構造からなるぬるま湯的な家族(ニューファミリー)である。

(中略)

 日教組と和解して以来、文部省も戦後教育思想に染まっているようだが、これは現実の問題を理想論で処理しようとする危険な徴候である。詳述したように、多くの教育問題は自由や平等、人権といった「きれいごと」を敷衍しようとして起きているからだ。
(後略)
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