東洋経済オンラインでコラムを担当しているエコノミスト中原圭介氏が、新刊『日本人は「経済学」にだまされるな!』を執筆しました。その書籍に込められた筆者の意図を紹介するインタビュー記事が同コラムに掲載されていますので、今日はそれを紹介します。  リンク

  【以下引用】

私は経済アナリストであると同時に、経営のアドバイスをする仕事もしています。

経営者の方たちとお話をし、ビジネスの現場、いわゆる「実体経済」の目線で社会を見ていますから、分析のベースに「経済学」があるというわけではないのです。

経営の現場を見ていると、経済学という学問はまったく役に立たないどころか、むしろ有害でさえあるというのが率直な実感ですね。
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実のところ、経済学に対する不信感というのは、若い頃からずっとあったんですよ。それこそ高校の授業で「需要曲線と供給曲線」を習ったときに、「え?、これって本当なの?」「何かおかしいな……」と思って以来ですね。

論理的には正しいように思えるのに、なぜか需給曲線の話はすんなり頭に入ってこなかったんです。当時は何がおかしいのかわからなかったのですが、大学生になっていろいろな分野の本を読んでいく中で、ある哲学者が「需給曲線には時間の観念が欠けている」と語っているのを見つけたときには、「なるほど!」と思いましたね。

要するにあのグラフは、フローを表現できていなくて、取引や選択が瞬間的に成立するということを暗黙の前提としているのです。こんなものをベースにした学問が、まともに成り立つはずがないとそのとき思いました。

             (中略)

以前、東京大学のある先生と対談した際に、先ほどの「需給曲線がすんなり理解できない」という話をぶつけてみたことがあるんですよ。

すると、その先生は「東大生はすぐに理解できますよ」と答えていました。といっても、それは東大生を褒めているわけではなくて、要するに「間違ったことを教えても、教科書にあることをそのまますんなりとのみ込めてしまうような部分が東大生にはある」という話です。

今の状況もそれに近いのではないかと思いますね。アベノミクスがやっているリフレ政策というのは、世界的には主流派の経済学です。代表的なところでは、FRB議長のベン・バーナンキやノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンが「経済学の権威」として君臨しているわけですね。

東大生のように「とても頭がいい人」が、そういう経済学者に師事したり、またはそういう見解を、まず、最初に学んでしまったりすると、もうそれが正しいものとして頭に定着してしまう。

             (中略)

「いつでもどの国でも役に立つようなひとつの学問」として経済学をつくっていくのは難しいのではないかと思います。

本当に役に立つ経済学をつくるためには、実体経済あるいはビジネスの現場の考えをふんだんに取り入れていく必要があります。ビジネスの現場はどんどん変化していきますから、経済学も時代の流れに沿って変化していくのが当然でしょう。

「インフレ目標」のような10年以上も前の学説を後生大事に拝んでいるようなわけにはいかないのです。さもなければ、もはや経済学は単なる「古典」でしかありませんよね。

また時代にだけでなく、国によっても経済の状況は異なりますから、それに合わせた考え方が必要になってくるでしょう。ビジネスだって、その国ごとの「ルール」をしっかりと踏まえ、マーケティングをしてからでないとうまくいきません。それと同じように、経済学も国や地域によってアレンジしていくべきだと思います。
                     【以上 引用終わり】



匿名希望