・企業の体制問題としてパワハラとセクハラ、経営問題としてCSRとSDGsと、やたらと訳の分からないカタカナが横行する。近年にはバブル経済を仕組まれ、その崩壊を機に日本はグローバル化の波に呑み込まれてきた。経済と社会の仕組みのアメリカ化、グロバリズムによる日本人の心の支配が進んできました。

・何がセクハラで何がパワハラ、この分類と取り締まりがお上の専決事項となって、その道の一握りの学識者と取締りの役人と研修会を仕切る専門家が登場する。専門家のさじ加減で、拡大解釈が何処までも罷りとおる。大企業の社長連までがその被研修対象となって、専門部署まで作らねばならない。グローバリズムに洗脳された専門集団の専決/専売事項となる。彼らが捏造する架空観念は、全国民の強制学習の課題とされてしまう。

・古来日本民族と社会は、「生きとし生きるもの、全ては繋がりのなかに生きていく」、この様な縄文体質/本源思想のもとに集団のあり様から男女の営みまでも育んできた。日本社会と日本人の精神を破壊してきたのが、市場主義とアメリカ支配(グローバリズム)である。明治期に日本にやってきた西欧の要人は悉く、日本の子供たちの天真爛漫ぶりに驚いている。そして日本の男と女は、やはり長じて「かかあ天下」が実は納まりが良い。

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・日本民族の心のありようを閉塞させる観念支配と取り締まり、これに逆らうには、マスコミや学会や取締り機関と闘う厄介な覚悟が求められる。アメリカ化支配に逆らうという大変に厄介なことになってしまう。これもセクハラ、あれもパワハラと指摘されたらお仕舞で、観念支配の恐ろしさと厄介さから黙るしかない。
しかしグローバリズムとアメリカ化は世界スケールで失速し始めた。アメリカべったりの日本政界と学会とマスコミ界の異様さは、世界的にも奇異なこととなってしまう。



持国天