「週刊現代」2019年3月2日号より

「2010年の先進各国の総人口を100とした場合の、2060年の人口予測を社人研が出しています。それによれば、アメリカやオーストラリアをはじめ、いまよりも人口が増加する国が多い。減少するのは韓国、ドイツ、日本くらいです。

しかも、韓国は10年比で89.9、ドイツは79.1なのに対し、日本は67.7まで減少すると予測されている。日本の減少幅が突出していることがわかるでしょう
 並み居る先進国のなかで、断トツのスピードで人口減少の道をひた走る日本。なぜ、そんな状況に陥ってしまったのか。
 「それは、戦後の日本で起きた2度のベビーブームの前後で、国を挙げて人口を減らそうとした時期があったからです」(河合氏)

◆「家族計画」の名の下に 
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国も新聞も、日本中がこぞって「少子化対策」を騒いでいるいまの世の中と真逆のことが行われていたというのは、にわかには信じがたいが、それは紛れもない事実だ。
1947年、日本は第一次ベビーブームを迎える。終戦による旧植民地からの引き揚げや、出征していた夫の帰国によって、夫婦による「子作り」が一気に進んだ結果だ。
この年以降、日本の出生率は上昇し、'49年には4.32を記録している。出生数は、269万6638人にのぼる。これは2017年の3倍近い数字だ。
ところが、翌1950年には上昇がピタリと止まり、出生数が一気に約36万人減少している。明らかに不自然な推移だが、いったい何が起こったのか。
 「複雑な要因がありますが、GHQが産児制限の普及を誘動したことにより、爆発的な中絶ブームがおこったことが一番大きい。
 食糧難の中で人口が急拡大していた日本が再び軍国化することを恐れたアメリカは、中長期的に日本の出生数を抑え、人口の増加に歯止めをかけるべく、中絶の合法化や避妊知識の普及などを陰に陽に働きかけていたのです」(河合氏)
くわえて、当時のアメリカには「人口の急増は共産化に結びつく」という考えも根強かった。アメリカにとって、日本の人口増は絶対に食い止めなければならない「課題」だったのだ。
 当時の吉田茂内閣はこのGHQによる産児制限の誘導を受け入れ、「家族計画」を国民へ広めるべく務めるようになる。
そして、それに一役も二役も買ったのが当時の新聞だった。
'49年の新聞記事を見ると、いま掲載されているのはまったく逆の「人口増加による危機」を叫ぶ言葉が並んでいる。

(中略)

 その後、'60年代に入り、高度成長が本格化すると、急速な経済発展による労働力不足を背景に、国による人口抑制政策は次第に後退していく。
そして、'70年代になると、ふたたび出生数の急増が起きる。先述の'47~'49年第一次ベビーブーム世代の年齢が20代のなかばに差しかかり、一気に結婚、出産ラッシュを迎えたのだ。
'71年には、出生数が19年ぶりに200万人台を回復、第二次ベビーブームが到来した。

◆少子化は本当に「悪」か 

 ふたたび、日本の人口増加が進むかに思われた。だが、「人口を減らす動き」は、忘れた頃にまた繰り返される。
 背景には、当時アジアを中心に進んでいた急激な人口増加があった。
このまま人口膨張や環境汚染が進めば、100年以内に地球上の成長は限界を迎える――。'72年に民間組織「ローマ・クラブ」が発表した報告書『成長の限界』は世界中に衝撃を与えた。
 敗戦から奇跡的な経済的復興を遂げ、'64年の東京オリンピック、'70年の大阪万博と世界へのアピールに余念がなかった「アジアの優等生」日本は、人口抑制においても、世界の先陣を切ろうと試みる。
 「いまこそ我々が先頭に立って人口抑制に取り組まなければならない」

1974年に開催された「日本人口会議」で基調演説をした大来佐武郎海外経済協力基金総裁(のちの外務大臣)の言葉からは、並々ならぬ意気込みが滲んでいる。
この会議では「子供は二人まで」というスローガンが採択され、新聞各紙も大々的に報じた。
 同日付の読売新聞は、人口研究の第一人者だった慶應義塾大学の安川正彬教授のコメントを掲載している。
 〈いますぐこの(出生抑制の)提案を実施しても、若年層が多いため、人口は二〇一〇年に一億二千九百三十万人になるまで増え続け、現在の一億人に落ち着くのに百八十年かかる。『せめてこれくらいの努力をしようではないか』というのが、会議全体を通じての雰囲気だった〉

 「挙国一致」の体制で人口を減らそうとする動きが、ふたたび巻き起こったのだ。いまからわずか50年ほど前のことである。
この「子供は二人まで」という宣言の効果は絶大だった。ここから日本の出生数と出生率は低落の一途をたどることになる。
 「現在からすれば、'74年前後の出生率は、一国の人口規模をかろうじて維持できる数字に過ぎなかった。
しかし、毎年100万人以上のペースで人口が増えるという事態に、国もメディアも焦りを覚えたのです。当時の状況を踏まえれば、彼らを責めることはできません。
ただ、このときの国を挙げた動きが、現在の日本の『致命傷』になっていることは事実でしょう」(前出・河合氏)
 国や学者、そしていまよりも遥かに影響力の大きかった新聞がこぞって人口減少を主導すれば、おのずと国民の行動に絶大な影響を及ぼすのは自明のことだった。

 権威によって、いかにも正しいかのように語られていたことが、後から見れば間違っている。歴史上、繰り返されてきた悲劇が、戦後の日本でも起きていたのだ。
 翻って考えると、いまの新聞は人口減少によって日本に訪れる「危機的な状況」を叫んでいる。どれももっともらしく聞こえるが、果たしてこれらは正しいのだろうか。



匿名希望