日本人は、自然と一体であったが故に、”自然”を別個に対象化・言葉化していませんでしたが、西洋では自然ととことん対峙してきました。
そして現在では、自然に人権を持たせています。

『環境が「人権」をもち、破壊を逃れるために人間を訴える時代がやってきたリンク』より引用します。


■□■引用開始■□■

■世界では、自然や川に法的な人格と環境保護のための訴訟を起こす権利を認める動きが広がっている

今世紀の初め、大自然に対し法的な権利を認めるという考えは環境法の専門家からも世論からもまともに相手にされなかった。
ところが今では、ニュージーランドのワンガヌイ川には法的な人格が認められているし、インドのガンジス川にも先ごろ、「人権」が認められた。エクアドルは憲法で、自然には「完全に尊重される権利」があると定めている。
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いったいこれらは何を意味しているのだろうか。

自然に対し「権利」を与えるという理論はもともと、1970年代にアメリカの法学者クリストファー・ストーンが、環境保護戦略として提唱したものだ。

環境保護を巡る訴訟の多くが、原告に訴訟の当事者となる法的な権利がないとの理由で失敗に終わっている。環境保護団体は土地の所有者でも何でもないから、訴訟を起こす権利があることを証明するのは容易なことではない。

言い換えれば、個人や団体が自然の代理人として裁判を起こし、「自然にとっての利益」を守るのは難しいことなのだ。

そこで便宜的に、ストーンは環境そのものに権利を与えてはどうかと考えた。「権利を保持する者」になれば、環境は自身のために裁判を起こす資格が認められるだろうというわけだ。この場合の自然の持つ権利とは、特定の何かに対する権利ではなく、法的に何かを主張をする機会を与えられるということを意味する。

あらゆる人に原告になる権利を認める
この理論を現実のものとするには数十年の時を要した。だが2006年、ペンシルベニア州トゥマクワ村はアメリカで初めて、村内の自然の法的権利を条例で認めた。以降、アメリカでは数十の自治体が同様の条例を制定している。

自然が権利を獲得する例は各国で相次いでいる。

エクアドルでは2008年制定の憲法の71条で、自然は「その存在および、生活環、構造、機能、進化過程の保全と再生を完全に尊重される権利がある」と定められている。

具体的には、あらゆる個人や自治体や地域社会、国家や国民が、エクアドル当局に対して自然の権利の擁護を求めることができるようになった。憲法72条の条文によれば、それには現状回復の権利も含まれる。

ボリビアでもすぐに同様の法的規定が設けられた。両国のアプローチには、2つの意味で大きな意味があった。1つは、自然に積極的権利つまり特定の何か(復旧や再生、尊重)に対する権利が与えられたという点だ。

また、訴訟を起こす権利は可能な限り広範に、つまりすべての人に認められた。エクアドルでは特定の土地との関係のいかんを問わず、誰でも自然を守るために訴訟を起こすことができるのだ。

この規定に基づいた裁判の最初の成功例が、2011年のビルカバンバ川の裁判だ。道路建設計画が実行に移されれば大量の岩などの掘削物が川に投棄されるとして、流域に不動産を持つアメリカ人夫婦が川になりかわってロハ県を訴えたのだ。

もっともエクアドルでもボリビアでも、こうした法の規定が必ずしも結果を出しているとは言えない。エクアドルであれば石油、ボリビアでは鉱物資源を求め、採掘型の産業が先住民族の住む地域への進出を続けている。

エクアドルでは市民団体が自然の権利行使を推進しようと努めている。理由の1つは、彼らが問題視している環境破壊に直結する企業活動に、エクアドル経済が依存しているからだ。

その点、優等生なのがニュージーランドだろう。同国では2017年3月に、自然に権利を付与する法律が初めて制定された。

人格をもつ権利が認められたのは広い意味の自然ではなく、同国北部を流れるワンガヌイ川だ。これによりワンガヌイ川は、訴訟の当事者となる権利をもつこととなった。

ニュージーランドの法律ではまた、川の代理人になるための要件も定められた。川の権利のために戦ってきた先住民社会の代表からなる委員会と、英女王(ニュージーランドは英連邦に加盟している)の代理人だ。

このアプローチは、自然の権利に関する当初の理論により近い。また、自然を守るために裁判を起こすことができるのは誰かを特定し、積極的権利を与えていない点でエクアドルやボリビアの立場とは大きく異なる。

先住民はいつまで自然の味方か
例えばもしワンガヌイ川が一定の形で流れる権利を持つとしたら、どんな形であれ流れを変えることは権利の侵害に当たるだろう。だがニュージーランドではこうした種類の権利は認められていない。川は単に自らの権利のために訴訟を起こすことだけが認められ、現状回復などの権利の具体的内容は法的な代理人たちが決めることになる。

つまり理論的には、川が将来、長期的な生存のために必要だとして(例えば気候変動への適応のためとか)流れを変える権利を主張することもあり得るわけだ。




村田頼哉