『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)の著者で、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が2020年1月に亡くなった。クリステンセン教授の論文は、アップル、アマゾン、インテルといった大企業に深い影響を与えている。その功績を教え子であるIMDのハワード・ユー教授が綴る――。

聡明な人でさえ、成功し続けるのが難しい
「なぜ多くの優れた企業が失敗するのでしょう?」

クレイトン・クリステンセン教授は、ハーバード・ビジネス・スクールの博士課程のあるセミナーで学生たちに問いかけました。クラスにはわたしを含めて、ビジネススクールの教授を目指す数十人の新入生がいました。当時のわたしたちは世間知らずで、実際のビジネスについてはほとんど何もわかっていませんでした。

クリステンセン教授が「緻密で洗練された経営理論のお手本のような仕事だ」と絶賛した、ハワード・ユー教授の最新刊。「なぜ多くの優れた企業が失敗するのか」というクリステンセン教授の問いに対する一つの答えでもある

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「わたしが知りたいのは、無敵だと思われていた企業のほとんどが、10年から20年後には、業界の中位または下位に転落するのはなぜなのか、ということです。わたしは大企業のCEOを何人も知っていますが、彼らの聡明さは衰えを知りません。企業の業績が絶好調である間は彼らの知性が称賛されますが、業績が悪化すると愚かさを批判されます。しかし、わたしは人間の知性の振れ幅がそれほど大きいとは思えないのです」

「そこで問うべきは……」

クリステンセン教授は黒板を見つめ、チョークを拾い上げて続けました。

「それほど聡明な人でさえ、成功し続けるのが難しいのはなぜなのか?」

これこそがまさに「イノベーションのジレンマ」でした。つまり、「正しく行う」ことが失敗を招くのです。


多くの大企業は「正しく行う」ことに躍起
クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』が出版されたのは1997年。それから20年以上が経過したいまでも、多くの大企業は「正しく行う」ことに躍起になっています。

顧客の声に耳を傾け、より多くのより良い製品を提供するために、新しいテクノロジーに積極的に投資し、慎重に市場動向を分析し、最良のリターンが得られそうなイノベーションに計画的に出資する――皮肉なことに、これらすべてを正しく行っているがゆえに、優良企業はディスラプション(破壊)をもたらす新興企業にとって代わられるのです。

クレイの時代(わたしたちはクリステンセン教授を「クレイ」と呼んでいました)、こうした転落を経験した企業に、ソニーに負けたRCA(RCAレコード)がありました。DEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)に苦しめられたNCRがありました。サンディスクに苦しめられたシーゲート・テクノロジーがありました。さらに、ホンダと戦ったハーレーダビッドソンも。

現在このパターンは、アマゾン対ウォルマート、ハリーズ対ジレット、テスラ対BMW、リボルート対HSBC、およびベターメント対メリルリンチなどと置き換えられます。役者は入れ替わりつつ、同じ物語が続いているのです。

企業の栄枯盛衰の鍵を握る「ディスラプティブ」な技術
RCAがソニーにやられた物語を振り返ってみましょう。

RCAがトランジスタ技術をはじめて発見したとき、同社はすでに真空管のカラーテレビで大成功していました。同社はトランジスタをちょっと面白い新技術というくらいの認識で実用化は考えず、ソニーというほとんど無名の日本企業にこの技術のライセンスを供与しました。

ソニーはすぐにはトランジスタテレビを作ることはできませんでしたが、世界初のトランジスタラジオを製造することに成功しました。音質は酷いものでしたが、ティーンエイジャーたちは親にがみがみ言われることなくロックを自由に聴くことができるとこのラジオに熱狂しました。そこからトランジスタラジオは広まっていきました。しかし利益率が非常に低かったので、RCAはこの技術にさらに投資する理由がありませんでした。RCAは研究開発費のすべてを稼ぎ頭の真空管カラーテレビを改善のために投入したのです。

一方、ソニーはトランジスタ技術を使った次の大ヒット商品を探していました。そして、低所得層向けに格安のポータブル白黒テレビを発売しました。Tummy Televisionと呼ばれるこのテレビは、お腹の上にのるほど小さいもので、これは中産階級のリビングルーム向けに設計されたRCAの大型テレビの向こうを張ったものでした。当時、RCAがトランジスタ技術に投資して、性能も低いテレビをそれほど魅力的のない市場に投入するなど考えられないことでした。

ソニーは一歩一歩着実にトランジスタの性能を改善していき、世界初のオールトランジスタカラーテレビを発売しました。自分たちが開発した技術をライセンス供与してから30年がたっていました。下級技術と思われていたものが後にとてつもなく有用性が高いものになったわけです。クレイはこれをディスラプティブ(破壊的)な技術と呼びました。その後、この言葉はビジネス用語として定着し、シリコンバレーのスタートアップの間で合言葉となりました。

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森浩平